南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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日本軍が捕虜の取扱を軽視?

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/12/17 23:35 投稿番号: [15099 / 41162]
> 当時主要国として唯一ジュネーブ捕虜条約を批准していなかった日本軍の捕虜の人道取り扱い軽視の構造的なものである。

  ご存知なら教えて欲しいのだが、中華民国がジュネーブ捕虜条約を批准したのは何時だろうか?
  確か、日支事変当時はまだ批准していなかったと思うが。

  それから、ジュネーブ捕虜条約を批准していなかったからといって、日本軍が捕虜の取扱を軽視していたというのは事実に反する。

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(1)開戦に際し,北支派遣軍は1941年12月8日,北京,天津,上海の租界に駐屯していたアメリカ海兵隊に,まず武装解除の勧告を行い,武装解除のため武士道を重んじて夜間まで待つとともに,アメリカ海兵隊長には通信使用の便宜をはかった。北京駐屯のアシャースト大佐は,日本軍司令官に対し,そのような立派な待遇について大統領に報告したいと申出た(1941年12月14日東京日日新聞)。
(2)1941年12月8日,マレー半島で日本海軍により撃墜され捕虜となったイギリスのボーデン大尉は,日本海軍の待遇は真の戦士の待遇に値する立派なものであると述べた(同年12月10日ジャパン・タイムズ)。
(3)開戦後間もなく日本軍に投降したヤング香港総督及びマルトビー陸軍司令官は,日本軍に捕虜たる処遇を申出たが,日本軍はその立場に同情し,降服した日は捕虜とせず,賓客として自由行動をとるよう厚遇し,その後も当分の間ペニンシュラ・ホテルに滞在させた(1941年12月27日東京日日新聞)。
(4)蘭印マラン収容所には,オランダ,オーストラリア,イギリス,アメリカの捕虜が収容されていたが,収容所の設備は非常に良好で,期日を指定して家族との面会を許し,日用品購入の便宜をはかった(1942年7月13日,同盟)。
(5)フィリッピン派遣の日本軍は,フィリッピン人捕虜のうち傷病者には特別の恩典を与え,また,1942年7月23日,セレロ・ダサ陸軍大尉ほか41名の将校を解放した(同年7月25日朝日新開)。
(6)1942年7月10日,赤十字国際委員会上海代表は,香港捕虜収容所を訪問し,その視察報告において,収容所の住居,衣料,食糧,酒保,衛生治療,娯楽,読書,宗教行事等が極めて良好であると指摘するとともに,「東京ノ陸軍省二対シ香港俘虜二対スル取扱二対シ謝意ヲ表明セラレタシ」と打電した。
(7)フィリッピン派遣の日本軍は,1942年8月,傷病捕虜のほか,フィリッピンの建設に貢献する意思を有するフィリッピン人捕虜を大巾に解放する方針を決定し,即時実施した。まず,へシス陸軍少将以下300名の将校が解放され,フィリッピン巡警隊幹部に就任した(同年8月6日,9月1日,同盟)。
(8)1942年9月17日,商船龍田丸は,イギリス及び英連邦から捕虜にあてた救済小包2,000トンをシンガポールで揚陸した。救済品は直ちに南方地域の捕虜収容所に送付された(同年9月18日,同盟)。
(9)1942年10月1日,軍用船リスボン丸はイギリス人捕虜1,800名を乗船させ内地に向け航行中,東支那海においてアメリカ潜水艦により撃沈された。日本海軍は危険を冒して直ちに救助艦艇を派遣し,数百名の捕虜を救助した(同年10月8日朝日新聞)。
(10)アメリカは再三にわたり,日本がアメリカ捕虜を虐待し,救済品を受理しないとの宣伝を行った。しかし,事実は異なり,1942年夏にはアメリカから受取った救済品650トンをマニラを中心とする捕虜収容所に配分し,その後更に数千トンに達する救済品を輸送して内地にある各収容所に配分した。アメリカは,西太平洋を経由して救済品を輸送することを提案していたが,わが国は作戦上の理由でそれを拒否し,南アフリカ,印度洋経由とすることを主張したため,アメリカがわが国の主張を悪意にとったものと思われる。
(11)わが国が抑留した連合国捕虜は1943年1月には約30万名に達していたが,捕虜の違反行為に対する処罰は極めて公平厳正であった。1943年3月までに捕虜処罰法に基づき処罰した捕虜は,僅か98名であった。
(12)中立国,赤十字国際委員会及び若干の連合国は日本の捕虜の待遇が良好であることを認めていた。1942年11月24日付の英紙デーリー・メールは「日本軍は捕虜を優遇」の大見出しの下にイギリス捕虜の生活を伝え,イギリス陸軍省は1943年1月6日に捕虜に関する詳細な発表を行い,その生活状態は満足すべきものであると述べた。1943年10月10日ロンドンで開催された被抑留者親族会議において,万国赤十字社極東捕虜局のキング委員は,日本の捕虜収容所では未だ嘗て虐待行為は見られず,捕虜は十分に待遇されていると報告した。
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(足立純夫著『現代戦争法規論』)
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