日中関係

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qilongqilongさんへ

投稿者: Akashi_Sugarlight 投稿日時: 1999/08/27 12:09 投稿番号: [5621 / 196466]
qilongqilongさんへ

上海出張のビジネスいかがでしたか。

中国共産党史の情報のこと、ありがとうございました。

Akashiさんへ

投稿者: jyoui 投稿日時: 1999/08/27 12:09 投稿番号: [5620 / 196466]
Akashiさんへ

>一言で言えば、weizhenliさんが言うように日本は自らが進んで過ちを素直に認める勇気がない。
>だからアジアならず同盟国の米国でさえ取り上げられてしまう。
違います、自分の手が汚れてるのを隠し、他者に謝罪を要求する姿が、透けて見え、又それを外交手段としている事が反発を招いているのです。
日本は、自らの手で、自らの歴史を検証し、反省し、二度とあの愚劣な間違いを犯さぬ様に教訓を引き出さねばなりませんね!

>個人の名誉が侵害されたどうか、裁判で原告側が勝訴したのだからそうかもしれない。
>しかし、原告側に名誉が確保されたしても日本の名誉が確保されたわけではないだろう。
国家の名誉?   の為に偽りの判決を出すべきでもないでしょう!
もし、その様な事が行われたなら、その様な裁判は、裁判とは言わず行政処置と言います。
あなたの主張通りの事を行えば、三権分立は崩壊し、先の大戦のBC級で裁かれたの戦犯の様に、敵の戦争犯罪者(一般市民への戦闘行為を行った)に対して、裁判をせず、行政処置で処刑した為に罪に捕らわれた行為の再現になります。ある意味のリンチ行為です。

qilongqilongさんとweizhenliさんへ 抜けた

投稿者: Akashi_Sugarlight 投稿日時: 1999/08/27 12:08 投稿番号: [5619 / 196466]
qilongqilongさんとweizhenliさんへ 抜けたいなどと

この掲示板から抜けないで下さいね。中国の優しくて美しい女性の方もよろしくね。
お互いを理解しようとする善意さえあれば、日中が仲良くなれることなどラクチン、ラクチン。
言葉使いが悪いですが、容易い(たやすい)ことだと思います。
ちょっと横道にそれますが、お茶の子さいさい(朝飯前)と書こうとしたのですが、私はチンとマンが大好きなのでチンチンなどと言ってしまいました。

お隣の中国を理解し仲良くすることが日本にとっては最大の安全保障。
中国にとっても同じ。
なぜ、こんな簡単なことが日本人にはわからないのか私には理解できません。

jyouiさんといえども、諦めずに辛抱強くお互いの立場に立って説得すればきっと聞いてくれると思いますよ。
jyouiさんは国家主義者でもなく軍国主義者でもありませんね。
いつもそれを非難されている。
私は時たま頭にきてファシシト呼ばわりしていますが本心ではありません。
ちょっと片方に立ち過ぎているだけだと思いますよ。
jyouiさん御免ね。友達だから勘弁して。

weizhenliさんへ

投稿者: tf2007 投稿日時: 1999/08/27 12:04 投稿番号: [5618 / 196466]
weizhenliさんへ

第二次大戦において日本が負けたのは武力で人々の心を支配しようとしたためとのことですが私の意見は違います。戦争に負けたのは米国の戦力、経済力、技術力、等々のためです。
武力で人々の心を支配できると考えたために失敗したのは「植民地支配」だと考えます。このことは日本と同じく人々の心を武力で支配しようとした英、仏などの国が戦争には勝っても植民地は失ったことを見ればわかると思います。
「正義は勝つ」という考えは危険です、なぜならその考えは容易に「勝ったものが正義」に変化するからです。日本は「間違っていたから負けた」のではなく「間違っていたし負けもした」のです。

ところで中国人は「武力で人の心を支配することはできない」ということが本当にわかっているのでしょうか?チベットや台湾に対する仕打ち見ると少なくとも指導者たちはわかってないようです。

近隣だから、相手を倒すじゃなく、お互いが

投稿者: weizhenli 投稿日時: 1999/08/27 10:35 投稿番号: [5617 / 196466]
近隣だから、相手を倒すじゃなく、お互いが豊かなればなる程、お互いにとって安全である(2)

第2次世界大戦日本はなぜ負けた?多く日本人は米国の強大な先進武器に負けたと考えた。正義に勝てない、先進武器に重要な因素ある当たり前が、もっと重要のは、それは日本は武力により人々の心を制圧しょうと試みぜいだと思います。武力により他国の領土を占領できるが、人々の心まで制圧するのは無理です。
だか、大半の日本人はこの原理をわかっていない、少なくども当時がわかっていない。いや、現在はわかっているようでしょうか、米国より日本は心まで制服したではないのか?(違うかもしれない、本当はよくわからない)。

我々は日本をもっと豊かになれとの望むは本当であり、それはお互いの利益になる。

suny2さんへ

投稿者: jyoui 投稿日時: 1999/08/27 10:29 投稿番号: [5616 / 196466]
suny2さんへ

現在、戦争の英雄を製造し、ハリウッド以外、賛美している国はあまり無いのでは?
でも最近のハリウッドの傾向も変わりつつあるみたいですね!
クラウゼビッツに拠れば「戦争は政治の延長である」ですね!
戦争と言う手段に訴えやすい国の指導者達は、この言葉を信じているのでしょう。
1.任意団体として、反社会的行為を行えば、口を出す資格はあると思いますが、団体員個人の反社会的行為に関しては個別事件としての対処しか出来ないと思います。
2.首相個人の内面の価値観の問題でしょう。
それを、国民はどの様に評価するのか、各自の内面の価値観の問題でしょう。(個人的には、もしその様な事があったら「首相はナニ考えてるの?」と言いたいが)

近隣だから、相手を倒すじゃなく、お互いが

投稿者: weizhenli 投稿日時: 1999/08/27 10:17 投稿番号: [5615 / 196466]
近隣だから、相手を倒すじゃなく、お互いが豊かなればなる程、お互いにとって安全である(1)

近隣だから、相手を倒すじゃなく、お互いが豊かなればなる程、お互いにとって安全である。
この原理が大半の中国人はわかる、なぜなら、中国には「遠親不如近隣」(肉親ではない親戚より、隣住む他人と仲良い方が得)とのことわざがあり、国との関係もそうだけと、我々一般人のお付き合いでもそう考えている。
歴史から見ると、中国は周りの”国”か”異民族”との摩擦、戦争などよくあるが、だか一つ特徴がある、それは常にお互いの文化を融和しあいゆく、いってみれば、近隣住人は時に結婚し、時に離婚もする。だから、中国はどんなことがあっても強く生きていられる。

『文革』前十年の中国 」>jyouiさん

投稿者: qilongqilong 投稿日時: 1999/08/27 10:10 投稿番号: [5614 / 196466]
『文革』前十年の中国 」>jyouiさん

>「『文革』前十年の中国 」中共党史出版社   98年   に「1960年だけで、餓死や栄養失>調による病死、などの非正常な死は2700万人に達した」
>共産主義も歴史を検証し、総括し反省すべきでしょう。
丁度私は上海にいまして早速調べました。確かにその本が有りました。著者は金春明です。その後、氏は『文化大革命簡史』を書いて同じく中共党史出版社がその本を出版しました。
出版する前に新華社が宣伝をしました。私はそれを聞いた時、素直に喜んでました。jyouiさん、幾ら言っても無駄かもしれないが、一度でもいいから違う角度から考えてみたらいかがでしょうか?先入観が有りすぎるか情報不足か私は分かりませんが。

>東史郎裁判の判決に対する中共の反応こ

投稿者: Akashi_Sugarlight 投稿日時: 1999/08/27 08:56 投稿番号: [5613 / 196466]
>東史郎裁判の判決に対する中共の反応こそ、笑わせてもらった (2)

しかし、原告側に名誉が確保されたしても日本の名誉が確保されたわけではないだろう。
逆に「またか、日本は」と、日本の名誉は地に落ちるだけだ。
世界の目ももっと厳しさを増すだろう。
なにが、日本のためになるのか、国益とは。
自らが歴史を総括する勇気を持たなければ日本は諸外国からの尊敬は得られないと思うよ。
従って君の意見に賛成できない。

俺を「容共主義者」と非難した頃と違いやわらかくなったね。
俺も「ものわかりに悪いドラ息子のバカモン」と呼んだっけか。
「シナ」はもううんざりだ。
君の主張と文章力だ台無しになってしまう。
いつまで経ってもドラ息子では駄目だよ。

>東史郎裁判の判決に対する中共の反応こ

投稿者: Akashi_Sugarlight 投稿日時: 1999/08/27 08:53 投稿番号: [5612 / 196466]
>東史郎裁判の判決に対する中共の反応こそ、笑わせてもらった

「第二次大戦の旧日本軍の戦争犯罪と損害賠償に関して、日本政府に公式謝罪と損害賠償を求める決議が米加州下院に続き上院でも採択、在米大使館に通告と同時に連邦議会でも同様の決議を採択すること求める」8/25日経夕刊(朝日ではない)

君は「東史郎裁判の判決に対する中共の反応こそ笑わせてもらった」と言うが笑えるか?
上の夕刊の記事見てみろよ。
戦後処理がまだ終わっていないことが悲しいね。
どうしてだろう。
一言で言えば、weizhenliさんが言うように日本は自らが進んで過ちを素直に認める勇気がない。
だからアジアならず同盟国の米国でさえ取り上げられてしまう。
国連では非難の文書が採択される。
先進国だといっても、戦後ずっと恥のかきっぱなしだ。

確かに東史郎裁判は、君が言うように個人の名誉の争いですね。
しかし、郵送袋のサイズがどうであれ、数え切れない日本軍による残虐行為の一つの裁判であることも間違いないね。
個人の名誉が侵害されたどうか、裁判で原告側が勝訴したのだからそうかもしれない。
しかし、原告側に名誉が確保されたしても日本の名誉が確保されたわけではないだろう。

化学兵器問題

投稿者: torinitoro 投稿日時: 1999/08/27 04:24 投稿番号: [5611 / 196466]
化学兵器問題

最近のレスとは、ずれてますが。
  大陸に残してある分はどうする気ですか。
分解する方法はあるのですか。日本人が分解してもほめられないだろうけど。
季節風は西から東に吹いている。

iyoui様などへ

投稿者: sunyy2 投稿日時: 1999/08/27 00:30 投稿番号: [5610 / 196466]
iyoui様などへ

私は中国人です。
中国の古代の名将(白起)は70万人の捕虜を生き埋めし、結局名将となった。だから、戦争って、私はよく分からない!
私は日本に来てから、ほぼ毎日、産経新聞を読んでいる、なぜかというと、いつも、産経産は中国の悪口をばかり言っているからだ、さらに、わけを言うと、私は彼らが何を考えているかを知りたかった。
  個人的な質問、1、今のいわゆる任意団体「オウム」が麻原を祭る事に日本の国民は口を出す資格があるのか?
2、人が死んだら、みんな仏となる、なるほど、もし、麻原が処刑されたら、日本の首相が彼の墓の前にとおり過ぎた時、手を合わすのか?
  もうひとつ、みんな、いったい何の仕事をしているですか、ずいぶん暇ですね!

君も死ねば!

投稿者: oo7777777 投稿日時: 1999/08/26 23:35 投稿番号: [5609 / 196466]
君も死ねば!

君も死ねば、きっと英霊たちの気持ちがわかりますよ。ただし、その勇気があるか否かの問題。
外国で戦死してしまったか、戦争に日本を導いた人達のことを英霊と呼べるならば、君には中国の民族問題を批判する資格などがない。なぜなら、侵略戦争でさえ、認めているからである。
さー、戦死したまえ、光栄は君にあれ!

補足

投稿者: Sparta_General 投稿日時: 1999/08/26 22:31 投稿番号: [5608 / 196466]
補足

「現在の中共の少数民族政策や人権問題を批判」
と云うのを否定はしません。
ただ、それを自分の意見の補強材料としてしか
使わないのは如何なものでしょうか。

そもそもその事(人権問題)についての明確な
問題意識があっての発言とも、思えなかったの
ですが。

そうは思いません

投稿者: Tokyo_Hiyoko 投稿日時: 1999/08/26 22:27 投稿番号: [5607 / 196466]
そうは思いません

まず、英霊などと云うものは存在しません。

悪質なpropagandaに安直にのせられ、一律に日本を
加害者と決定づけるのは、唾棄すべきことですが、
だからと云ってmackbullさんの言う、
「現在の中共の少数民族政策や人権問題を批判すべき」
と云うのもベクトルの方向が違うだけの、愚案です。
(と云うかpropagandaですらない)
「〜すべき」なことなど、この世にありません。

非難合戦・泥仕合から抜け出すためにも、
冷静で理知的な「戦争」への意見が重要かとは思います。
その意味で
「結果的には戦争では、加害者も被害者ないという趣旨」
には賛同いたします。

靖国の英霊たちは

投稿者: mackbull 投稿日時: 1999/08/26 21:52 投稿番号: [5606 / 196466]
靖国の英霊たちは

訒小平以下の中共の指導者の献花など歓迎しないでしょう。それよりも、彼が1985年にデタラメ南京記念館を突如開設させたという事を多くの人に知ってもらいたいですね。

単にA級戦犯ということで戦争指導者だったと批判している人もいますが、この機会に論議が進んで、より多くの日本人がA級戦犯に限らず、B級・C級戦犯にも興味を持ち、理解して行く事を期待しています。そうすれば、単純にA級戦犯だけを改めて別けるという議論は自然と消えていく事でしょう。

現代の私たち日本人にとっては重要な事は、半世紀以上前のシナとの戦争への反省の弁を繰り返し表明するよりも、その反省を生かすためにも、現在の中共の少数民族政策や人権問題を批判すべきなのです。それが「元侵略国」からの「現在進行形の侵略国」への真の反省の弁となる事でしょう。

先の戦争ではシナだけが被害者のような印象が日本では植え付けられてきましたが、最近の新聞報道には、終戦後のシナ大陸での邦人への被害などが連載されるようになりました。結果的には戦争では、加害者も被害者ないという趣旨の記事ですが、これがバランスでしょう、言論の自由がある国の。

東史郎裁判の判決に対する中共の反応こそ、

投稿者: mackbull 投稿日時: 1999/08/26 21:21 投稿番号: [5605 / 196466]
東史郎裁判の判決に対する中共の反応こそ、笑わせてもらった

その郵便袋も、決定的な争点ではなかったと思います。この訴訟は元上官個人の名誉回復をするという目的で行われているもので、もし、彼がその本のにあるような残虐行為を命じた、自ら行ったとすれば、人が袋に入る、入らないだけでなく、著者以外にも証言者などが必要なのではないでしょうか。もう一度、この東史郎裁判について探して見る事にしましょう。

どこの国の歴史にも、いい面もあれば暗い面もあります。日本とシナとの戦争は、国と国の関係では暗い面となるでしょう。しかし、この東史郎裁判は、個人と個人の名誉の争いです。そこをごちゃ混ぜに考えることは間違いでしょう。また、日本という国に対する評価は個人差が出ることは当然で、国や地域によって傾向が違う事もあるでしょう。別にあなたが個人的に日本に対して否定的な見方をしようと、世界には、この日本を尊敬してくれる人が大勢いると思いますので心配などしません。

歴史の総括。jyouiさんへ

投稿者: Akashi_Sugarlight 投稿日時: 1999/08/26 20:08 投稿番号: [5604 / 196466]
歴史の総括。jyouiさんへ

>軍国主義もファシズムも歴史を検証し、二度とその様事態に至らぬ様に総括し反省をしています。
共産主義も歴史を検証し、総括し反省すべきでしょう。
Akashiさんは、共産主義には、その必要が無いとおっしゃりたいのでしょうか?

あれっ、赤思でないの?
大賛成です。
今ここで投稿されている中国の方のすべてが毛沢東さんの大躍進政策、文化大革命を過ちだと認めていますね。一般の国民もそうだと思いますよ。
江青さんの4人組裁判は極左偏向を非難した裁判であり自己批判の裁判でもありましたね。
しかし、毛さんの建国に至るまでの功績は、中国人のみなならず誰も否定できませんね。
功績と圧政、功罪半々。
フルシチョフがしたように誰かがそれをふまえて批判しなければならないでしようね。
たしか、そのことはされているように聞いたような気もします。
例えば共産党の発行する公文書とかマスコミ等で?間違っているかもしれません。
中国の方から詳しいことをお伺いしたいですね。
今中国は緩やかな民主化を進めていますね。
今はあやふやであっても必ず歴史を総括すると思いますよ。
日本はしていないと国連から非難されていますが、中国の方が先になるかもしれませんね。
私はこれだけは中国に負けたくありません。

東史郎裁判敗訴こそ、日本はだめな国と教え

投稿者: weizhenli 投稿日時: 1999/08/26 19:58 投稿番号: [5603 / 196466]
東史郎裁判敗訴こそ、日本はだめな国と教えてられた(2)

東史郎事件は無数の日本軍の残虐な行為中にただ一つの出来事。勝訴でも敗訴でも中国にとって何も本当の利益にならず、何も影響がない。なぜなら、裁判とは関係なく歴史の中に刻んでいたから。もし勝訴なら、良心的にある日本人にとって心理の負担から解放され、この意味で日本の国益になる。しかし、敗訴。でも中国にとって敗訴だからこそ、日本はだめな国と教えてられる、この意味で中国の国益になる。
この前、靖国分忌との話題があった、新聞でトウ小平さんはA級戦犯は別なら献花するとの話あったから政府はそうしたいと書いたが、笑うね。侵略行為きちんと批判、でも戦争中死んだ日本兵は国のために死んだであるとの当たり前ことが、なぜ日本人は自分自身がわからない。

東史郎裁判敗訴こそ、日本はだめな国と教え

投稿者: weizhenli 投稿日時: 1999/08/26 19:23 投稿番号: [5602 / 196466]
東史郎裁判敗訴こそ、日本はだめな国と教えてられた(1)

東史郎裁判敗訴理由は、中国人を無理矢理「郵送袋」に押入ことは「合理的に考えて不可能」との判決で敗訴した。判決後、東史郎日記支援団体は当時と同じサイズの「郵送袋」を使い、自分達は日本軍兵、中国人と仮定、無抵抗、抵抗、各角度など中国人を「郵送袋」に入れられるかどうか検証した。結局ほとんどのケースが問題なく入れられると証明した。「合理的に考えて不可能」は事実として可能である。
私はもし日本人として生まれるなら、とても悲しいと思う。なぜなら、この国は自分の過ち素直に認める環境がない、素直に認める勇気がないの国です。世界一の経済大国なったが、なぜか他の国の人から誇りと尊重が感じられない。なぜだろうか、おやじ。

東史郎裁判、池の存在の有無が争点ではない

投稿者: mackbull 投稿日時: 1999/08/26 18:28 投稿番号: [5601 / 196466]
東史郎裁判、池の存在の有無が争点ではない

失礼ながら、他の投稿者が全部漢字で投稿してある部分は読めませんので、なんともいえないのですが、東史郎日記の名誉毀損訴訟とは、右翼団体が起こしたものではありません。その著作の中で残虐な行為をしたとされる元上官が著者を訴えていた裁判です。池の存在の有無などは大きな争点ではなく、その元上官が著作の中にあるような様々な残虐行為を行うことは「合理的に考えて不可能」であるという原告側勝訴の判決だったと思います。

その出版元の青木書店は左翼系の出版物が多い出版社だったと思いますよ。たぶん、ガセネタ、キワモノ出版物が多いことでしょう、負けイヌの遠吠えのような。

Akashiさんへ

投稿者: jyoui 投稿日時: 1999/08/26 18:23 投稿番号: [5600 / 196466]
Akashiさんへ

>「我々は理想に向かって進まなければならない。しかし、走ることばかりでではなく歩くことも立ち止まることも必要な時がある。
>我々は排除の論理を持たない」
しかし。出来た政権は、「排除の論理の塊だった!」内部の敵、革命の敵を排除抹殺する為に、ソ連の強制収容所、中国の強制収容所・労働改造所を作り、カンボジアのポルポト政権は、その内部の敵200万人以上を虐殺した。
中国の大躍進政策の失敗から、2700万人もの人々が亡くなった。

軍国主義もファシズムも歴史を検証し、二度とその様事態に至らぬ様に総括し反省をしています。
共産主義も歴史を検証し、総括し反省すべきでしょう。
Akashiさんは、共産主義には、その必要が無いとおっしゃりたいのでしょうか?

Tell_meさんと jyouiさんへ

投稿者: Akashi_Sugarlight 投稿日時: 1999/08/26 17:46 投稿番号: [5599 / 196466]
Tell_meさんと jyouiさんへ

1929年から33年まで世界を襲った大恐慌は、良心的で理想に燃える若者をマルキシズムに傾注させましたね。
いわばロシアはユートピアの国、バーナードラッセル卿をしてそう言えしめた。
まさにマルキシズムは搾取と抑圧、公平と平等、差別と人権、ヒューマニズム。
人類の目標とするユートピアであったのですね。
ここまではTell_meさんとjyouiさんと同じですね。

>多くの正義感溢れる若者が、理想を求めて、苦難していたのは、もの悲しいですね>
>>そうでしたね。

ハーバートノートンもその一人でしたね。
日本研究では第一人者、マッカーサーの日本占領政策に大きく関わったカナダ人です。
戦後の初代駐日代表、本国勤務からエジプト大使、マッカシーの赤狩り旋風、東側のスパイ嫌疑、大使在任中に自ら命を絶った悲劇の外交官ですね。
ファシズムの台頭、帝国主義。
「誰がために鐘が鳴る」のスペイン内戦で戦ったのは自由戦士と言われる左翼と自由主義ヒューマニストたち。
当時の良心のある若者なら誰でも、あのケンブリッジもオックスホードも、中産階級と上流階級の師弟ばかりなのにマルキシズムに殆どの学生が傾注した。
ハーバートノートンはケンブリッジにいた。

「我々は理想に向かって進まなければならない。しかし、走ることばかりでではなく歩くことも立ち止まることも必要な時がある。我々は排除の論理を持たない」
今はイデオロギーの時代ではない。それは排除の論理だ。
人にわかってくれとは言いませんが、私はそう思っている。

それを自惚れ と言います>赤思さん

投稿者: jyoui 投稿日時: 1999/08/26 17:18 投稿番号: [5598 / 196466]
それを自惚れ   と言います>赤思さん

>「あんた惚れちゃったのね」
それを自惚れ   と言います!
前にも言ったでしょう。小さい時テレビで、ソ連の首相が来賓のどこかの首相のホッペに、ブチュッてしてたのを見て、「こんな気持ち悪い事をする国は、きっと悪の帝国だ!」と直感してから、今日では私の直感が正しかった事が証明されてきた。
私が、男のホッペにブチュッてすると思いますか!

そんな事より、現在世界第二位のビール消費国で、毎年5.4%の成長率で消費が伸びている中国ビール市場に、Akashiのドライを売り込むチャンスですぞ!
皆さんに、よぉ〜く冷やして、試飲していただきましょう!

東史郎日記』の中国語出版ー人民日報より

投稿者: qilongqilong 投稿日時: 1999/08/26 16:44 投稿番号: [5597 / 196466]
東史郎日記』の中国語出版ー人民日報より

中国侵略日本軍の暴行事実を反映する『東史郎日記』が江蘇教育出版社によって出版された。4月12日、同書出版贈呈記者会見が南京で行われ、87歳の東史郎氏はこの記者会見のために来中し、同会見に出席した。
『東史郎日記』は主に、東史郎氏が1937年8、9月から1938年9、10月までの期間に天津、上海、南京、徐州、武漢、襄東などの攻略作戦に参加した経歴を実録し、血なまぐさい事実描写で中国侵略日本軍の暴行を暴露している。東史郎氏は自分の良知と反省から、1987年にその作戦日記の中の一部を『私の南京歩行隊』という書名で日本青木書店から出版し、日本内外でかなりの反響を呼んだ。同時に、日本右翼勢力の恨みを買ったことにより、『東史郎日記』事件が発生した。東京地裁と東京高裁は歴史的事実と法律の公正を考慮せず、東史郎氏敗訴の判決を下した。
1998年3月、東史郎氏はその作戦日記を中国侵略日本軍南京大虐殺遭難同胞記念館に贈呈するとともに、記念館に『東史郎日記』全書の中国語版出版権を授与した。同氏はまた、中国語版のために約4000字の前書きを執筆し、また関連図表を付け加えている。

天津で有力な証拠を発見(東史郎事件)ー人

投稿者: qilongqilong 投稿日時: 1999/08/26 16:43 投稿番号: [5596 / 196466]
天津で有力な証拠を発見(東史郎事件)ー人民日報より

天津市の収蔵家の陳継揆さんはこのほど、自分の収蔵した歴史地図の中から、敗訴したばかりの「東史郎日記事件」のために証拠を調べ出し、日本軍が南京大虐殺を行った時、南京高等法院の前に確かに水窪みが存在していたことを証明している。東京裁判所は、当時、南京高等法院の前に水窪みが存在しなかったと見ている。水窪みが存在したかどうかは同事件の焦点の一つとなっている。今年7 7 歳の陳継揆さんはかつて天津師範大学歴史学部の主任を担当したことがあり、氏はずっとこの事件に関心を寄せている。氏はこのほど自分の収蔵した千枚余りの歴史地図の中から1 9 3 5 年9 月武昌亜新地学社が発行した「新南京市実測詳図」を見つけた。この1 : 1 8 0 0 0 の地図から見て、南京高等法院の前に三つの水窪みがあり、大きさはそれぞれ2 2 00 平方メートル、1 5 0 0 平方メートル、8 0 0 平方メートルである。この三つの水窪みは南京高等法院から1 0 0 ?3 0 0 メートル離れている。陳継揆さんは、日本軍が中国を侵略した時の手書きの天津地区の軍用地図を何枚か持っている。氏は関係方面がこの情報を東史郎に伝えるよう望んでいる。

江蘇省、揚州で有力な証拠を発見(東史郎事

投稿者: qilongqilong 投稿日時: 1999/08/26 16:42 投稿番号: [5595 / 196466]
江蘇省、揚州で有力な証拠を発見(東史郎事件)ー人民日報より

1999年2月3日、六十余年前の「首都道路線路図」が江蘇省、揚州で発見された。、当時の南京最高法院の入り口前に確かに三つの池が存在したことがこの地図からはっきりと見られ、中国侵略日本軍兵士であった東史郎の日記にあった内容と同じであることが分かった。この発見は、東史郎事件に新たな有力証拠をもたらした。1931年に製作されたこの地図は、揚州発電所の従業員孔令坤さんの祖父が当時の中南書店から買い入れ、三代にわたって収蔵されてきたものである。地図は長さ110センチ、幅80センチ、縮尺比率は1対100000。

摘自《東史郎日記>>10

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 16:02 投稿番号: [5594 / 196466]
摘自《東史郎日記>>10

接着,野口一等兵kan3了ling4外一个人。也僅僅是一瞬間。被kan3的年輕人痛苦地
zheng1扎着,兩三个士兵不得已一起刺死了他。

   那个四十八歳的男子到現在還難看地哭叫着求饒,不好對付。他pin1命地糾纏
着。最好是放他pao3然后从背后殺死他。我們對他説:“逃ba1!”可他没有逃,一
直哭叫着哀求。

   小隊長下令:“就地處决!”和昨天殺的十六个人加起来正好是二十个。這
二十具尸体横七竪八地tang3在半山腰上。

   我們从山上下来,在已燒好了水的陶缸里洗澡,然后大吃大喝。最近,几乎
毎天晩上我們都要喝酒唱歌。對我們来説,晩上的酒宴是最愉快的,唱袈裟曲是
最快樂的,今晩也如此。我們酒后大醉,tang3倒在地。

摘自《東史郎日記>>9

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 16:01 投稿番号: [5593 / 196466]
摘自《東史郎日記>>9

我原想就這麼站着容易kan3,可戰友們説“跪着試試”,讓年輕人跪下了。
“hei1!”我使勁儿kan3下去。用刀kan3人頭,這是我有生以来第一次。那一瞬間,我
閉上了眼睛。kan3的同時,我把刀斜了一下,自然我的身体也斜着,没有去看年輕
人的死。站在我身后的   之島一等兵叫道:“a1,太上了!”回頭一看,年輕人服服
帖帖,已奄奄一息,耳朶上方的頭部已被kan3去一半左右,刀口下方血突然像細細
的噴泉似的噴出五六寸高,那血紅的刀口像裂爲兩半的石榴,裂口大約有兩寸長。
年輕人被kan3的瞬間,heng1也没heng1。kan3的瞬間我也什麼都不想,可是看到那石榴般皮
開肉綻的刀口時,忽然感到一陣惡心。

   那時,我想kan3得順利就能一刀解决。我原来打算對准bo2子的,可是没有kan3准。
从kan3的刀口来判断,可以看出我是用了相当大的力气的。

   站在旁邊的島田説,他爲我的干勁嚇了一跳。

摘自《東史郎日記>>9

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 16:01 投稿番号: [5592 / 196466]
摘自《東史郎日記>>9

全是泥土的田地,由于昨晩下了雨,滿地泥濘,爛泥粘在腿上,pao3不快。年
輕人pin1命地奔pao3,可是已經筋疲力尽,他似乎已經感到死神追来了,并且以很大
的气勢追来。如果被抓到,必死无疑。

   追gan3的人怒气冲冲,一歩一歩地逼近年輕人。突然,年輕人好像是絆到了什
麼,或許是發了瘋的脚不听使喚,他一下子shuai1倒了,但他馬上又站起来試圖再pao3。
可是已經晩了,追gan3的人抓住了他。其他士兵忙乱地用刺刀挑他。年輕人被強行
拉起来,走過来時,頭上臉上流着血,滿身是血。

   我繞到他的身后准備殺他。這時,小隊長發話,帶到山里后再干掉他。“快
走!”我怒吼着跟在青年的后面。追gan3的人們气喘吁吁地發怒道:“畜生,ni3敢
pao3!”

   我跟在青年的身后,看到他bo2子上流着血,我一時冲動地想就這麼走着殺了
他。我大声叫道:“殺!”可是小隊長制止説:“再往前走。”不久,我們来到
了reng1着昨天殺掉的尸体附近,我猛地从鞘里拔出刀。戰友取下系在年輕人bo2子上
的帶子,脱去他的上衣。

摘自《東史郎日記>>8

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 16:00 投稿番号: [5591 / 196466]
摘自《東史郎日記>>8

坦克隊士兵征收時帶回来的四个支那人今天要被處死。当時,路過我們駐地
附近的人、征收来扛行李的苦力都被我們殺了。lu4王墳車站成了屠殺場。我們是
死神。

   我本来就打算殺掉他們。這四个支那人中有三个是二十歳左右的年輕人,一
个是超過四十歳的中年人。
昨晩,小隊長説要借給我軍刀。我原打算用小隊長的軍刀,不知何故臨到斬
殺時,小隊長没有借給我。不知是小隊長討厭他的軍刀会沾染血迹,還是怕把刀
弄断。我猜想他或許覺得軍刀上沾了血迹是不吉利的。不過,明知軍刀的用途,
却怕被染上血迹,這種想法很愚蠢。小隊長村下少尉還没有經歴過戰争,并且从
未殺過人。

   我不得已借了車站工作人員的一把一尺八寸長的日本刀。這四个人將被帶到
昨天殺死十六个苦力的地方。我在借刀的時候,听到“逃pao3了”的喊声,回頭看
去,一个年輕人飛快地pao3着,小隊長和兩三个士兵在后面追gan3。我猛地拔出刀追
了上去。

東史郎日記のデタラメ、東京高裁でも敗訴

投稿者: mackbull 投稿日時: 1999/08/26 15:52 投稿番号: [5590 / 196466]
東史郎日記のデタラメ、東京高裁でも敗訴

あなたの投稿には何を書いてあるのか解かりませんが、いわゆる東史郎日記をめぐる名誉毀損訴訟は、東京高裁でも敗訴の判決が下りました。キワモノ、デタラメな著作であるという事が認められたということです。合理的に考えて、著作にあるような虐殺行為は認められなかったのです。この判決に対して、人民日報など中国の報道機関が非難する論評を掲載していたそうですが、この事を考えても、中共北京政府が政治的に南京事件を利用している証拠になるでしょう。

摘自《東史郎日記>>7

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 15:43 投稿番号: [5589 / 196466]
摘自《東史郎日記>>7

“那些人眼看着同伴一个个被殺,没有露出一絲反抗與恐惧。輪到自己時,
還向前邁出一歩,那樣子不像是將被kan3頭的人,倒像去天堂似的。

   “荒山用刺刀挑了一个、兩个、三个,当他准備挑第四个時,只見那个四十
出頭、人高馬大的漢子一下子站起身,完全是一副敞開胸tang2任ni3刺的气勢。他的
眼睛狠狠地deng4着荒山。荒山‘hei1’地刺了一刀。他應声倒了下去,但突然像想起
了什麼似的‘a1’的一声,zheng1大眼睛,又站了起来。任凭胸口的血gu3gu3地往外流,
他用日語叫了一句‘上等兵’,然后叉開双腿穏穏地站住,還舉起右手微笑了一
下,似乎在等着第二刀。

   “他的樣子非常壮烈,我們个个都給驚呆了。

   “荒山嘴里叫着‘媽的’上去又是一刀。這个漢子總算咽气了。”

   我听了他的話后,覺得自己的想法可能是錯誤的。看来他們里面果然混有殘
敵,就是那个壮年漢子。

摘自《東史郎日記>> 6

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 15:42 投稿番号: [5588 / 196466]
摘自《東史郎日記>> 6

那些可怜的老人,時而被ti1得滾在地上,時而被打得弯下腰,時而被推得東
倒西歪。他們四个士兵好像在衒耀誰更凶狠,誰更毒辣。我對他們没有半点好感。
他們覺得惡狼撲向小羊是天經地義的事,从他們的態度里看不出一絲罪惡感和良
心的譴責。

   在殘酷的戰場上,良心和道徳應該以什麼形式出現ne4?

   没一会儿,十六个苦力都被處决了。野口目撃了整个過程,他這樣説道:

   “他們被帶到半山腰。在那儿有一条傾斜度不大的小路。他們就是在路邊被
殺的。他們已經明白將要發生什麼了,个个都很鎮静。他們从容地坐下,把bo2子
向前伸,那種泰然的態度真讓人嘆服。人們經常説古日本的武士个个視死如歸,
他們从容的態度,絶不亞于日本的武士。他們里面只有兩个人試圖逃命。

   “担任戰車隊隊長的中尉kan3了四个人頭。他的動作熟練而利落,大家看了都
很佩服。中尉在kan3第五个人的頭時,説要留一点皮肉。他的刀功實在是到家了,
遭kan3的頭垂挂下来,只有一点点皮肉與身体連着。

摘自《東史郎日記>> 5

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 15:42 投稿番号: [5587 / 196466]
摘自《東史郎日記>> 5

兩天前,我給了這个老人兩盒烟。今天我本想在他臨終前再
給他一支,誰知他从懷里取出了前几天我給他的烟。我擦了火柴想給他点着,他
却滿臉憤怒,把烟給reng1了出去。只要是日本兵給的,na3怕一支烟,他都不愿接受。我看看自己手中燃滅的火柴梗,又看看他的臉,没有作声。我能理解他此刻
的心情,我不会因他采取這種態度而恨他。雖然平時奴役他干苦力活,但因爲他
與我父親很像,讓我恨不起他来。我突然有一種冲動,想从刀下救出這个老人。

   我叫了起来:“不要殺這个老人!”

   這時,川土、木下、竹間、荒山這群混蛋――在我看来他們就是一群混蛋―
―齊声反對。

   无奈之下,我沮喪地回到了房間。但当我从窗口看到十六个人像被拉往屠宰
場的羔羊一般慢慢向前nuo2歩時,又感到一種无法抗拒的冲動,就冲出房間追了上
去。川土、竹間、木下、荒山這些士兵就像gan3着小羊的狼一般,得意非凡。他們
就像耐不住飢餓的惡狼会時不時去tian3tian3小羊的腿一般,一会儿shuai3着鞭子抽,一会
儿lun2起棍子用力往他們背上打去,一会儿用脚ti1,一会儿又像訓一条狗一般大声
斥責。

摘自《東史郎日記>> 4

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 15:41 投稿番号: [5586 / 196466]
摘自《東史郎日記>> 4

“但是……”

   “没有什麼‘但是’。我們是不会去愛敵人的。愛敵人就是恨自己的部隊。
作爲小隊長,我不能讓自己手下的任何人受傷。”

   我心中很不同意,甚至反感小隊長的作爲。我真心地希望他們能獲得釋放,
几次爲他們求情。要是我也是他們其中一員的話,那該是一件多麼悲惨的事a1!

   无辜的家人被虐殺,自己的房子也被毀坏了,現在被強制押来做苦役,到頭
来還是要被kan3頭。

   我望着被排成一列的支那人的臉。他們的臉上滿是緊張與痛苦。他們没有heng1
一声,也没説半句話,只是高昂着bo2子,怒deng4的双眼像猛獸的liao2牙一般鋭利。他
們从没想到会被kan3頭,直到bo2子上套起了繩子,才意識到死神離他們不遠了。

   不知爲什麼,从左邊数第四个老人總讓我想起我的父親。他臉頬下凹,有些
禿頂,几条皺紋分成左右向兩邊長長地延伸。嘴巴不大,下巴有点翹,上面長滿
了胡子。顴骨向外凸,但臉部很痩,他的面容有点像我年邁的父親。這樣一想,
就越發覺得他可怜。

摘自《東史郎日記>> 3

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 15:40 投稿番号: [5585 / 196466]
摘自《東史郎日記>> 3

   “不,講人道不僅僅就是有同情心,我只知道字典上寫的定義是:人所應遵
循的道義。我不了解其他的哲学含義。我通過戰争,嘗試考慮人道這个問題,但
怎麼都弄不dong3。我現在正爲虐殺和人道這兩个定義而煩惱。我認爲自己還是能分
清人道之外的、戰争期間士兵所應遵循的軍之道。我揮刀kan3殺敵人時不会有半点
犹豫。但去殺這些農民,這些安分干活的人時,還是應該考慮考慮。我无法从哲
学的角度来説明人道這个問題,但我感到不應該殺他們。”
“ni3能證明他們都是些善良的農民ma3?”

   “他們肯定是農民,要是敵兵的話,那天早上就不会呆在村子里了。”

   “這話就説得太武断了。我也并不認爲他們全是殘敵。但万一這里面混了一
个敵人,那事態可就嚴重了。而我們又无法找出這个敵人,我們小隊里没人会説
支那話。釋放他們就意味着敵軍的来襲。還是要殺!可能ni3会同情他們。我真弄
不dong3ni3怎麼会同情他們的。没想到ni3的本質中還有這一面。但无論如何要殺。”

摘自《東史郎日記>> 2

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 15:39 投稿番号: [5584 / 196466]
摘自《東史郎日記>> 2

三月二十四日。

   防衛工程已經完成了。工程結束之時,就是這些一直順从勞作的十六个苦力
上西天之日。

   小隊長村下少尉就是否殺他們一事,召集我們討論。我認爲不該殺這群可怜
的老年人,当然里面也有壮年男子。他們都是農民,不是敵人。他們一直很馴服
地勞動,没有半点反抗之意,把我們的意志当成他們自己的意志。我主張應該釋
放這些人。

   “他們都是些善良的農民,而且干活很賣力,很听話,他們可没有半点反抗。
我認爲不能殺這些人。這樣做不人道。”

   “難道戰争中還有人道可言?”

   “戰争中果真没有人道ma3?”

   “心里想着人道,還能去打仗ma3?”

   “我認爲即使在戰争期間,有的時候也還是必須講人道的。当然并不是指任
何時候。”

   “ni3説的人道就是同情心ma3?”

摘自《東史郎日記>> 一

投稿者: dabenniu 投稿日時: 1999/08/26 15:39 投稿番号: [5583 / 196466]
摘自《東史郎日記>> 一

・〔日〕東史郎・

(摘自《東史郎日記》,江蘇教育出版社,ISBN 7534334810
   這是一部从加害者角度真實記録60多年前日軍侵華暴行的日記。作者東史
郎1937年8月在他25歳時應召入伍,参加了日本的侵華戰争。但正如他自
己所説,雖然是日本軍人,但他同樣是人,是靈魂中并存着正直與邪惡、美麗與
丑陋的矛盾的人。半个多世紀以前,戰争把他从一个人變成了一个吃人的野獸;
今天,老人那曾泯滅的人性中的正直與善良被喚醒,他將記録侵略者殘暴行徑的
戰時日記公諸于世,以戒来者,并告慰自己懺悔的心靈,其中不乏他当年一歩歩
邁向罪惡的矛盾心態。


あこがれの共産主義-2?>Tell_meさんへ

投稿者: jyoui 投稿日時: 1999/08/26 15:27 投稿番号: [5582 / 196466]
あこがれの共産主義-2?>Tell_meさんへ

多様で多面的、過去に多くの哲学者、宗教家がいどんでも捕らえきれない人間とその文明・社会を地道なフイルドワークを無視して、神に変わって支配し、コントロールしようとする独善的な傲慢さ!
批判は鋭いが、それに対する回答は共産党エリート官僚の一元的価値観による強権的支配では、過去のローマンカソリックの権威をバックとした、封建領主の支配と変わらない現実が見えなかった。
世の中を良く知らず、ストイックで机上の正義感に燃え、エリート意識の強い、文学青年達は、既存の権力への反発から、その本質を良く見ようとせず、歴史観を伴い、科学的と自称するこの宗教に傾斜していったのでしょう。

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