日韓併合は合法だった

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 黄泉公へ、歴史とは

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/23 23:26 投稿番号: [40 / 503]
  すみません、少し口を差し挟ませてください。

> 謀略、暗殺、恐喝、恫喝   あげくの果てに武力介入、議員署名に陸軍兵士が背後で待機するような、調印式は世界広と言えど、そうそうはないことじゃないかね。
> 反対議員の締め出し、暗殺をもって、合法的とは、強盗集団の法律なんだろうね

  これはおそらく、第二次日韓協約のことです。
  日韓併合条約の調印式で日本の武官が威嚇していたという主張は、私の知る限り南朝鮮サイドからも出されていません。
  そして南朝鮮学者の主張は第二次日韓協約が不法に締結された無効な条約だから日韓併合条約も無効であるというものですが、第二次日韓協約と日韓併合条約の間に連続性はありません。
  例えば第二次日韓協約には

第四条
  日本国ト韓国トノ間ニ現存スル条約及約束ハ本協約ノ条款ニ抵触セサル限総テ其效力ヲ継続スルモノトス

と、それ以前に結ばれた他の条約との関係が明記されていますが、日韓併合条約にこれに該当する条文はありません。主権委譲の条約なのですから従来の外交関係が消滅するのは当然ですが。
  そもそも第二次日韓協約が不法な条約だったという主張すらこじつけなんですが、仮に第二次日韓協約が不法な物であったとしても、日韓併合条約が無効化するということはありません。
  それから南朝鮮の学者は併合条約に韓国皇帝の署名がないから無効という主張を好みますが、日韓併合条約には次の通り定められています。

(前文より抜粋)
・・・茲ニ両国間ニ併合条約ヲ締結スルコトニ決シ之カ為日本国皇帝陛下ハ統監子爵寺内正毅ヲ韓国皇帝陛下ハ内閣総理大臣李完用ヲ各其ノ全権委員ニ任命セリ因テ右全権委員ハ会同協議ノ上左ノ諸条ヲ協定セリ

第八条
  本条約ハ日本国皇帝陛下及韓国皇帝陛下ノ裁可ヲ経タルモノニシテ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス

  元々日韓併合条約は皇帝の署名も批准も必要のない条約として条文が作成され、締結されている物です。
  我々も現代の常識に囚われて、惑わされないようにしなければなりませんね。

黄泉公へ、歴史とは

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/23 16:39 投稿番号: [39 / 503]
>謀略、暗殺、恐喝、恫喝   あげくの果てに武力介入、議員署名に陸軍兵士が背後で待機するような、調印式は世界広と言えど、そうそうはないことじゃないかね。
反対議員の締め出し、暗殺をもって、合法的とは、強盗集団の法律なんだろうね


お前らは、それを眺めていただけだろう。
当時の歴史とは
-------------------------------------------------------------- -
インドにおいては、イギリスがムガール帝国の皇帝を追放(流刑)してインド帝国を設立しイギリス女王が皇帝に即位しています。

インドシナにおいては、フランスが既に保護国化していたベトナム王国から、保護国化条約の範囲を超えて一方的な宣言で統治権を奪い取っています。

いずれのケースでも、相手国の同意など形式的にすら尊重した形跡はありません。
------------------------------------------------------------------ -
判った!?

どうして帰らないの?

投稿者: next_tgt 投稿日時: 2005/11/23 14:29 投稿番号: [38 / 503]
22-衆-法務委員会-23号 昭和30年06月18日
法務委員会委員長   世耕   弘一   (←世耕弘成参院議員&自民党副幹事長の父)

○小泉純也政府委員    神近先生(社会党)がおっしゃいましたように、
日本に住まいたい者を住まわせて、韓国に帰りたい者は返す、こういうふうに参りますと事は最も簡単で、いろいろの難問題が漸次解決をするのでありますが、問題はそう簡単でなく、極端かもしれませんけれども、六十万と推計をせられる朝鮮_人のうち、日本から母国に帰りたいという者は一人もいないといっても大した言い過ぎではない。
一方向うからは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、命がけでも密航をして、方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。そしてこちらから強制送還をしようといたしましても、韓国の政府がこれを容易に受け付けないというところに、人道問題だけでは解決しない大きな国と国との外交問題と申しますか、もう入国管理局だけでは手に負えない大きな外交問題となってここに横たわっておるのは、私が申し上げるまでもなく、御理解をいただいておると思うのであります。
ですから、要するに、こちらは国際的ないわゆる紳士としての態度をもって韓国に接しましても、韓国の方は、紳士的でないとは申しませんが、御承知の通り李承晩ライン、その他漁船の拿捕の問題、こちらから、密航した者を密航したという
確証をあげて韓国に申し入れましても、その送還を容易に受け付けない、こちらは向うから出てきた者を受け入れっぱなし、不法入国であろうが何であろうが、返すことができないで、大村収容所にはますます人員がふえていく、それをみな国費で、国民の血税で養ってやらなければならない、その取扱いについても、きわめて懇切丁寧にしなければ、人権じゅうりんというような問題まで起きてくる。
これを大まかに考えますと、一体日本のためにやらなければならないのか、
日本国民の血税の犠牲において、韓国人をまず第一義として大事にしてあげなければならないかというようなところまで、考え方によっては行く問題であると私は思うのであります。

※小泉純也政府委員はこの時、法務政務次官で、小泉現総理の父

------------------ - 韓国人の為に要約 ------------------------------ -

>六十万と推計をせられる朝鮮_人のうち、日本から母国に帰りたいという者は
>一人もいないといっても大した言い過ぎではない。

>向うからは、入れれば、それこそ手段方法を選ばず、命がけでも密航をして、
>方法さえつけば怒濤のごとくどんどん入ってくる。

>こちらから強制送還をしようといたしましても、韓国の政府がこれを容易に
>受け付けない

>密航した者を密航したという確証をあげて韓国に申し入れましても、
>その送還を容易に受け付けない

Re: 日韓併合は合法だった?

投稿者: j73843463 投稿日時: 2005/11/23 13:47 投稿番号: [37 / 503]
朝鮮の側にも色々な考えを持った人がいたと思うのだけどね。

どうも朝鮮の主張は視点が自分の国と日本の間にしか存在しないので、当時の列強による国際的圧力をそこから見るのは無理があると思う。

合法か違法かはやはり当時の全体の流れを見なければいけないと思います。当時の力というのは現在とは違うところにあったのも事実でしょう。たとええげつなくても。それを今の価値観で測るから意見が合わないだけ。まあ、別に現在の価値観で100年前の歴史を判断するのが韓国の慣習なら別に違法と騒いでいてもいいですが。なら、そうした尺度を他の事項にも適用しないといけません。ダブルスタンダードは、国際社会で理解を得るとは思えません。

Re: 日韓併合は合法だった?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/11/23 13:25 投稿番号: [36 / 503]
>韓国併合は、それが米英を初めとする列強に認められている。仮にどのような大きな手続き的瑕疵があり、非文明国の意志に反していたとしても、当時の国際法慣行からすれば「無効」とは言えない

非文明国の意志=訂正   文明国の意志

謀略、暗殺、恐喝、恫喝   あげくの果てに武力介入、議員署名に陸軍兵士が背後で待機するような、調印式は世界広と言えど、そうそうはないことじゃないかね。
反対議員の締め出し、暗殺をもって、合法的とは、強盗集団の法律なんだろうね(笑)

Re: 間違った説明をしてはだめです

投稿者: j73843463 投稿日時: 2005/11/23 13:17 投稿番号: [35 / 503]
うーん。正しい歴史をって言われてもねぇ。「いきなり横柄なやつだなあ」なんて思ってしまいましたが。

あなた方がどう主張しようが、私は南京で虐殺は「あった」と捕らえている人間ですしね。確かに中国側の言う30万人をそのまま鵜呑みにするわけではありませんが。バターン死の行進でも、結局死に至るような行為があったと思っているのですが。まあ、いくら言っても平行線なんでしょうけどね。

確かに欧米列強に対抗して戦った側面があることも評価しています。こうした歴史っていうのは、ひと言では括れないと思いますよ。だから、中韓やアメリカの言う日本悪者扱いの歴史は単なる勝者や被害者の歴史であるからふざけるなと思うこともありますし、ナショナリストの対白人支配の戦争というのもちょっと綺麗事すぎるように見えます。お互い都合の良い側面だけを切り取って評価しているように見えます、少なくとも私には。まあ、勉強が足りないんでしょうね。せいぜい勉強をすることにします。

Re: 韓国の言う正しい歴史とは

投稿者: Kosumosu1007 投稿日時: 2005/11/23 10:34 投稿番号: [34 / 503]
>韓国の言う正しい歴史って過去を自分たちの理想化したものだと思うよ。
「過去の歴史、こうだったらいいのになぁ」って、、


これって願望妄想史のことじゃないですか!?

韓国の言う正しい歴史とは

投稿者: bgiw42kg 投稿日時: 2005/11/22 20:32 投稿番号: [33 / 503]
韓国の言う正しい歴史って過去を自分たちの理想化したものだと思うよ。
「過去の歴史、こうだったらいいのになぁ」って、、

「自分たちは立派な独立国家だった。だけど、日帝に卑怯にも侵略され文化を破壊されたせいで発展が遅れた。でも力を合わせた抵抗運動で日帝は敗れ去った。」

っていうふうに。

福沢諭吉の「脱亜論」を評価し始めた中国人

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/22 18:15 投稿番号: [32 / 503]
林思雲   「福沢諭吉の「脱亜論」を読んで」


http://japanese.joins.com/forum/board/view.php?no=40140&page=1
------------------------------------------------------------------ -
韓国人は未だ福沢の研究をしようともしていない。

Re: 間違った説明をしてはだめです

投稿者: Kosumosu1007 投稿日時: 2005/11/22 09:34 投稿番号: [31 / 503]
>日本の兵隊は、現地の人々と協力して、アジアの植民地化を進める欧米列強に対抗して戦っていたのです。

その通り!
それに、韓国とは戦争すらしてませんから。
韓国は大日本帝国の一部として、連合国と戦ったのですから

間違った説明をしてはだめです

投稿者: java_script_xl 投稿日時: 2005/11/22 00:19 投稿番号: [30 / 503]
第2次大戦の当時、日本は「殺しまくって」いません。そう説明すべきでした。日本の兵隊は、現地の人々と協力して、アジアの植民地化を進める欧米列強に対抗して戦っていたのです。日本兵に殺された現地の人は極々少数なのですよもっと正しい歴史を勉強しましょう。

Re: 日韓併合が「合法か違法か」と言う時点

投稿者: j73843463 投稿日時: 2005/11/21 23:21 投稿番号: [29 / 503]
そうでもないようです。この間、知り合いのイラン人と話をしていたら、一方で日本の宗教的な束縛の少なさや日露戦争での勝利をとてもうれしそうに話していましたが、第二次世界大戦で日本が「朝鮮」ほかアジアで「ひたすら殺しまくっただろ」と言ってました。まるっきり間違いと言うわけでもないですし、別に糾弾するような感じでもなかったですけど、その中で「朝鮮人」も無茶苦茶に殺しまくった、ということになっていました。南京事変と勘違いしているわけでもなかったのですが、ちょっと情報に偏りがあるみたいです。とりあえずは、確かに関東大震災の時にパニックで虐殺があったこと、でも第二次大戦よりずっと前のことであること、慰安婦は日本軍が抹殺してはいないこと、朝鮮の併合は1905年に行われていて当時は日本の一部であったこと、は説明しておきましたが、洗脳はそう簡単にとけないとは思いました。何せ、「日本の歴史は嘘だ」と叫び回っている国家が友好国ですから。

日韓併合が「合法か違法か」と言う時点で

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/21 15:53 投稿番号: [28 / 503]
韓国人は、日韓併合が「合法か違法か」と言う時点で、世界情勢から孤立してる、ということね。

Re: 日韓併合の経緯

投稿者: guite53 投稿日時: 2005/11/21 03:53 投稿番号: [27 / 503]
朝鮮人が望んだので併合してあげたというのが歴史的事実です。
いくら現在の南鮮人が否定しても事実は変えられません。

日韓併合の経緯

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/20 15:39 投稿番号: [26 / 503]
>インドにおいては、イギリスがムガール帝国の皇帝を追放(流刑)してインド帝国を設立しイギリス女王が皇帝に即位しています。
>   インドシナにおいては、フランスが既に保護国化していたベトナム王国から、保護国化条約の範囲を超えて一方的な宣言で統治権を奪い取っています。
>   いずれのケースでも、相手国の同意など形式的にすら尊重した形跡はありません。


日韓併合の経緯がよく理解できる説明、ありがとうございました。

日韓併合の歴史的意義/他のケースとの比較

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/19 03:41 投稿番号: [25 / 503]
  日韓併合条約は韓国皇帝の署名こそありませんでしたが、全権代表によって署名された完全に合法的なものです。少なくとも形式上は、韓国の合意によって日韓併合は行われました。
  では他のアジア諸国のケースはどうでしょうか。
  インドにおいては、イギリスがムガール帝国の皇帝を追放(流刑)してインド帝国を設立しイギリス女王が皇帝に即位しています。
  インドシナにおいては、フランスが既に保護国化していたベトナム王国から、保護国化条約の範囲を超えて一方的な宣言で統治権を奪い取っています。
  いずれのケースでも、相手国の同意など形式的にすら尊重した形跡はありません。
  日韓併合は、これらの植民地化の事例とは、統治権掌握の過程が明らかに異なっていると言えるでしょう。

日韓併合の歴史的意義/併合段階

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/19 03:39 投稿番号: [24 / 503]
  韓国政府は戦禍を避けるために、外交権を差し出すという苦渋の選択をしました。しかしこれは、元はといえば韓国皇帝の背信から始まったことですから、日本の立場に立てば自業自得です。
  しかしこの韓国政府の努力は、テロリスト安重根の伊藤博文暗殺で台無しになってしまいました。
  当時無役だったとはいえ、伊藤博文は日本の要人です。
  韓国は日本の報復を恐れましたし、日本は韓国に報復する権利がありました。
  この状況に於いて、韓国政府は自分たちの皇帝に主権を日本天皇へ譲渡させることで、この危機を乗り切ろうと決断したのです。日韓併合は、韓国の側から見れば宮廷無血革命だったと表現することも可能だと思われます。韓国皇帝が併合条約に署名しなかったのは、無血革命によって退位を迫られた皇帝の、せめてもの抵抗だったのではないでしょうか。

  日韓併合を日本が韓国を自国領土の一部としたと理解されている方が大多数だと思いますが、これはある意味正しく、ある意味間違った理解だと考えます。当時、日本も韓国も君主国でした。日本の主権者は天皇であり、韓国の主権者は皇帝でした。
  日韓併合条約は韓国皇帝が韓国の主権を日本天皇に譲渡したものであり、日本天皇が日本と韓国の君主を兼ねることになるものです。日韓併合によって日本と韓国は一体化したと言うよりも、二重帝国化したと言う方が、史実をより正確に表しているのではないかと思います。
  朝鮮総督府の性格がその間接的な証明になると思われます。朝鮮総督は天皇から三権を委ねられ、その権限は軍事にまで及んでいました。朝鮮総督府は国家組織の構造から見て、内閣と同列あるいはそれ以上の地位が与えられていたことになります。(無論実態としては、内閣より上ということはありませんが。)朝鮮は天皇が朝鮮総督に統治を委ねた天皇の領土だったのです。

  日韓併合条約は韓国の君主が韓国皇帝から日本天皇に交代するという性質のものです。
  勿論、日本には日本の利害がありました。朝鮮半島が大国の支配下に置かれれば、日本の独立が危うくなることは、マッカーサーの議会証言に頼らなくても地図を見るだけで理解できることです。
  しかし同時に、韓国政府にも韓国政府の守るべき利害がありました。韓国政府は、自分たちの主君を皇帝から天皇にすげ替えることで国を守ろうとしたのです。

日韓併合の歴史的意義/保護国化段階

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/11/19 03:36 投稿番号: [23 / 503]
  日露戦争が不可避となったとき、韓国は局外中立を宣言しました。
  しかし韓国皇帝はロシア大使館の保護を受けた経験のある親ロ派ですから、日本としては中立宣言を額面どおり信じることは出来ません。
  それに当時は中立が無条件に認められた時代ではありません。本当に中立を維持するだけの国力も政治力も軍事力も不足していた韓国の中立宣言には日本に中立を認めさせるだけの力はなく、日本は韓国皇帝が再びロシアと手を組み、ロシアとの戦闘中に背後を突かれないために日本陣営につくことを要求しました。
  ここで韓国には、ロシアと同盟を組むという選択肢もありました。
  しかし実際には、韓国は日本の要求を受け容れ、事実上の同盟関係を結びました。(第一次日韓協約)
  ところが韓国皇帝は日露戦争の最中に、ロシアに宛てて日本の勢力排除に助力を依頼する密使を送りました。これは明らかに戦争中の寝返り行為であり、日本に対する敵対行為であり、日本は韓国皇帝、ひいては皇帝を主権者にいただく韓国を攻撃する正当な交戦理由を得ました。
  日露戦争終結後も、この敵対関係は継続しています。同盟国が降伏しても戦争は終結しないのと同じです。ロシアとの戦争を終えた日本は、日露戦争中の背信を理由に韓国を攻撃・占領することも出来ました。
  韓国は日本との戦争を回避するため、日本の軍事的圧力を、外交権を差し出すことで回避しました。これが第二次日韓協約、韓国保護国化の軍事・外交史的経緯です。
  韓国が保護国化されてしまったのは、第一に日露戦争の勝敗の行方を見誤った韓国皇帝の外交失策によるものであり、第二に自国の国力を正しく認識できなかった韓国皇帝の君主としての能力欠如によるものです。
  日本は幕末以降、独立を維持するためにぎりぎりの努力を続けてきました。冷たい言い方になりますが、韓国にはその努力と能力が不足していたのです。

日韓併合は脱法だった

投稿者: wdl06124 投稿日時: 2005/11/18 20:30 投稿番号: [22 / 503]
あげ

死と暴力と略奪の鬼畜日帝占領時代

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2005/11/18 20:12 投稿番号: [21 / 503]
3・1運動の導火線に

  日帝が韓国を併合した一九一〇年以降、土地調査事業などの過酷な収奪により多くの同胞が中国東北地区や日本への流出を余儀なくされた。独立を求める抗日闘争の烽火は各地で繰り広げられた。

  このような状況を憂いた日本に留学していた学生たちは、民族の自決と独立を勝ち取ろうとして一九一九年二月八日、東京の朝鮮基督教青年会館に結集。「日韓併合がわが民族の意思によるものではなく、民族の生存と発展を脅かす原因となっている」と高らかに民族の独立を宣言した。

  この在日主体の二・八独立運動は、韓国の近代民族運動の原点となった三・一独立運動を導くものとなった。特に、当時の世界的な状況を的確に視野に入れた先取性と組織性を含みながら卒先垂範の決死の覚悟で格調高く民族の自決をうたったことが高く評価されている。

http://www.mindan.org/shinbun/990203/topic/topic_a.htm


  三・一節(サミルジョル)は、朝鮮民族にとって特別な日です。

■   祖国、韓国独立を願って…。

三・一節(サミルジョル)は1919年3月1日、韓国が日本の植民地支配に対して、韓国独立を願って行った三・一独立運動(韓国独立運動)をたたえた祝日のこと。1949年に制定され、現在は韓国の4大祝日のひとつにもなっている。

  http://www.konest.com/culture/special/calender/no487.htm

  日本の天皇制政府は、憲兵や警察、軍隊を動員して発砲など武力で弾圧し、武装した民間人も刀剣などでデモ行進に襲いかかり、多くの人々が虐殺されました。村人らを教会におしこめて、銃撃したうえ放火し殺害した「堤岩里事件」などはその一例です。故郷で集会を組織し十六歳で獄死した、ソウルの梨花学堂(現在の梨花女子大学)の女子学生、柳寛順など多くの犠牲者が語りつがれました。

  日本は一八七六年、武力による威嚇で朝鮮に不平等条約をおしつけると、王妃の閔妃虐殺など内政干渉をし、朝鮮が一八九七年に国号を大韓としてからも、「保護条約」おしつけで外交権などを奪い、一九一〇年にはソウルを軍隊で包囲し、併合条約調印を迫って韓国を併合して、朝鮮総督府を置きました。三・一独立運動を弾圧した後も、一九四五年まで植民地支配を続けました。

  現在、パゴダ公園には、三・一運動を描いたレリーフが置かれています。

http://www.komabook.co.jp/gokuhikannkokudokuritsuundo.htm



■朝鮮民主主義人民共和国

  共和国は1919年に起こった「3・1独立運動」(万歳事件)を、労働者・農民・学生が主体となって起こした階級闘争の一環と規定し、「3・1人民蜂起」と呼んでいる。


http://www.piks.or.tv/info/019.htm


■サマーリー

  商人たちは商店のシャッターをおろして万歳示威に参加し、労働者も仕事をやめて日本に対抗した。独立万歳運動は、3月中旬から4月初旬の間に、全国の農村にまで広がっていった。農民が集まる市場そのものが万歳示威の中心地になったのである。こうして、三・一運動は民族指導者と学生が先頭に立ち、商人、労働者、農民、婦女子にいたるまで200余万人が参加した、大規模な抗日独立運動に発展していった。

  三・一運動の状況は、すぐ国外の同胞たちにも知らされた。間島、沿海州、ハワイなどのわが民族が住んでいる場所で万歳示威が起き、わが民族の独立の意志を示し、日帝の蛮行を暴露する行事を催した。すると日本は、独立万歳運動を妨害するために、あらゆる悪行を犯した。彼らは太極旗を持って万歳を叫ぶ人びとに向かって銃を撃ち、民衆や教会、学校に火をつけ、はなはだしくは一村の住民すべてを殺してしまったこともあった。

  柳寛順をはじめ、数多くの人びとが死んだり投獄されたり、あらゆる拷問で苦しめられた。三・一運動は、わが民族が国を必ず取りもどすという決意を堅固にし、独立精神を世界に行動で示したものであった。こうして世界は、わが民族を新しい目で見るようになった。


■やった方はすぐに忘れても、やられた方は末代まで覚えている。民族が存在する限り。

  Never ending!

Re: 広報上げ

投稿者: sunset_over_the_sea_of_japan 投稿日時: 2005/11/18 19:15 投稿番号: [20 / 503]
出来ればこの事実(合法であった)をネットだけでなく、今だ戦後の悪しき歴史教育によって間違った事実を教え込まれている日本人に知らしめるべきだ。

広報上げ

投稿者: Kosumosu1007 投稿日時: 2005/11/18 17:56 投稿番号: [19 / 503]
>広報の余地はあるでしょ。

そうですね。
広報上げをしましょう。
多分「議論の余地なし、当然だよ」と投稿した人は、早くこのトビを消滅させたかったのでしょう。
そうはいきません。

Re: 合法に決まってる。議論の余地なし。

投稿者: anpontan_jiro 投稿日時: 2005/11/17 13:06 投稿番号: [18 / 503]
議論の余地はなくとも、広報の余地はあるでしょ。

合法に決まってる。議論の余地なし。

投稿者: yomoyama2005 投稿日時: 2005/11/16 15:00 投稿番号: [17 / 503]
いま更議論する意味がない。

Re: 合法に決まってますよ

投稿者: chestnuttreevalley2 投稿日時: 2005/11/16 14:53 投稿番号: [16 / 503]
米、英、獨、仏など世界中の全ての先進主要国のみならず、旧宗主国の清(支那)、ロシアまでが賛成した。

朝鮮人が要望した創始改名 by 麻生太郎

投稿者: age_man_dam 投稿日時: 2005/11/16 14:32 投稿番号: [15 / 503]
平成15年5月31日、東大での講演会で麻生太郎が語ったエピソードに
このようなものがある。

「中国や韓国と外交をするうえで、歴史問題をどうすればいいと思うか」
という質問を受けた麻生氏は、


  「歴史認識を一緒にしようといっても、隣の国と一緒になるわけがない。
   たとえば朝鮮人の創氏改名の話。
   日本が満州国をやる前に創氏改名の話が出たことは一回もない。
   しかし、当時、朝鮮の人たちが日本のパスポートをもらうと
   名前のところにキンとかアンとか書いてあり「朝鮮人だな」と言われた。
   仕事がしにくかった。だから名字をくれ、といったのがそもそもの始まりだ」
 

と答えた。
これを韓国で言ったところ灰皿が飛んできたという。
そのときに「若い者じゃ話にならない、年寄りを呼んでこい」と言ったら、
韓国のおじいさんが現れて、

  「あなたのおっしゃる通りです」

と言ってくれた。その後、講演会の続きで麻生氏が、


  「ハングル文字は日本人が教えた。うちは平仮名を開発したが、
   おたくらにそういう言葉はないのか、と言ってハングル文字が出てきた」
 

と言ったらもっとすごい騒ぎになった。
だが、その時もそのおじいさんが、

  「よく勉強しておられる。あなたのおっしゃる通りです」

と言って、その場は収まった。
 

韓国でも、当時を知る老人は正しい歴史的事実を知っているのだ。

ttp://3.csx.jp/peachy/data/korea/korea3.html

合法に決まってますよ

投稿者: ballpark_mexia 投稿日時: 2005/11/15 18:05 投稿番号: [14 / 503]
同様な状況下で結ばれた香港を巡る条約が最後まで効力をもっていたのを見れば明です。

賊軍靖国問題は台・流・満・朝国の大問題だ

投稿者: gozz0000 投稿日時: 2005/11/15 15:22 投稿番号: [13 / 503]
大日本軍が戦争に負けて酷い目にあってる。

天皇の妹は満州国と朝鮮国に、嫁にいってる。   戦争に負けてどうなった?

なにが皇軍だ。   宗教法人靖国は菊の紋を明治天皇(明治神宮)に返納しろ!
それが日本人たるものだ。

朝鮮併合は先に朝鮮一進会から言い出した!

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/15 15:15 投稿番号: [12 / 503]
朝鮮併合は先に朝鮮一進会から言い出した!

当時ロシア支配を恐れた李完用率いる一進会(公証会員100万人)と日本政府が手を結び日韓併合条約を結ぶわけですが、補足するならば日韓併合時日本が朝鮮に期待したことは、大陸への橋頭堡と清、ロシアに対する防波堤の役割が主だったと思われます。当時西欧列強各国は植民地支配による権益拡張にこぞって競うように参加し、それらの植民地では一次産品輸出のためのインフラ(鉄道、道路)こそ整備されたものの、愚民か政策が取られ教育制度と施設、司法制度、各行政府の設立、などは整備されませんでした。勿論領日本も領土拡大の意図は明白ですが、日本がそれらの制度を朝鮮に導入したのは一言で言うならば日本レベルまで生活、文化水準、防衛能力を押し上げ、清、ロシアの勢力に対抗出来る緩衝地域を作りたかった訳です。勿論それらのインフラ整備には莫大な資金と労力が必要になり、得る物より失う物の方がはるかに大きかった為、当時の朝鮮を知る伊藤博文などは併合に強固に反対でしたが、軍部の強い要望の下、併合に至ります。当時朝鮮半島では李氏朝の500年政治が続き一部の貴族、両班が多くの民、農民を搾取し農作物の不作のときは、多くの農民が食料を手に入れる為、娘や家財道具、農具さえ手放したとされます。当時朝鮮を訪れた外国の宣教師、漫遊詩人、特派員、外交団などの書いた手記や記事、論調などで当時の朝鮮を知ることが出来ます。

「アメリカ人の朝鮮外交顧問    ドーハム・スティーブンソン」

朝鮮の王室と政府は腐敗堕落しきっており、、頑迷な朋党は、人民の財を略奪して
いる.その上、人民はあまりにも愚昧(おろかである。これでは国家独立の資格はなく、
進んだ文明と経済力を持つ日本に統治させなければ、ロシアの植民地になるだろう。
伊藤博文総監の施策は、朝鮮人にとって有益で、人々は反対していない。

「マリ・ニコル・アントン主教」

朝鮮の両班は、まるで支配者か、暴君のごとくふるまっている。両班は、金がな
くなると、使者を送って商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金を出せば
釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行され投獄され、食物も与えられず、
両班が要求する額を支払うまでムチ打たれる。両班の中で最も正直な者たちも、
多かれ少なかれ、自発的な借用のの形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺か
れる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、
いまだかって、ないからである。彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの
場合支払いなしで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止する守令は一人も
いない。

「朝鮮事情」フランス人宣教師シャルル・ダレ

1871年から、1872年にかけて、驚くべき飢餓が朝鮮半島を襲い、国土は荒廃した。
あまりの酷さに、西海岸の人々のなかには、娘を中国人の密航業者に一人当たり米一升で
売るものもいた。北方の国境の森林を越えて遼東半島にたどり着いた何人かの朝鮮人は、
惨たらしい国状を絵に描いて宣教師達に示し、「どこの道にも死体が転がっている」と訴えた。
しかし、そんなときでさえ、朝鮮国王は、中国や日本からの食料買入れを許すよりも、
むしろ国民の半数が死んでいくのを放置しておく道を選んだ。[1,p64]

『朝鮮独立運動の血史』   『チャイナプレス』のナサニェル・ペファー特派員

「当時の朝鮮(李氏朝鮮末期)は庶民の貧窮は甚だしく、その支配は極度に腐敗し、
寄生的で、没落の運命は火を見るより明らかだった」

その他にも外国人西洋人達が綴るった本で李氏朝時代が如何に民衆にとって過酷な生活を強いられたかが記録された本が多数存在しますので、興味のある方はお読みになられたら良いと思います。
当方参考著書
1、「朝鮮亡滅亡」    ホーマー・アルバート  
2、「アメリカの鏡・日本」   ヘレン・ミア   ーズ   著  
3、   宣教師   ラッド博士  
4、 李氏朝末期   アーソン・グレブスト
5、   「三十年前の朝鮮」1910年   イギリスの女性旅行家   イザベラ・ルーシー・ビショップ

Re: 二つの事実。

投稿者: apo_apo_aro 投稿日時: 2005/11/15 10:36 投稿番号: [11 / 503]
香港の英統治が長年続いてきたことからも、日本の韓国併合が合法なのは当然のことだし、朝鮮人には統治能力がないという認識が当時の常識だったことは、現在も韓国軍の戦時指揮権を国連軍指令部(米軍将校)が握っている事実を見れば確認できます。

二つの事実。

投稿者: gpuxyz 投稿日時: 2005/11/14 12:18 投稿番号: [10 / 503]
明治期に、桂(日本の首相)・タフト(米国大統領)の日米協定で、朝鮮人には統治能力が為に、日本の朝鮮半島の保護領化は決定しているのであって、その後の併合については、日本内部でも意見が分かれていた事実はあります。
しかし、当時の国際情勢の中で、日本に併合化されたことで、朝鮮半島の近代化がなされた事実は、覆うべくも無い厳然とした歴史的事実です。

第二次大戦の末期、ヤルタ会談で、同じく朝鮮人には統治能力が無いと言う理由で、朝鮮半島は独立では無く、戦後の連合国機構に於ける統治領として米英ロにより一時は決定されていた。そして戦後60年、それは未だに南北に別れ、統治能力が無いことを自ら全世界に示し続けていることで証明している。朝鮮半島は矢張り連合国機構の保護領化が世界平和の為に必要でしょう。

日韓併合は脱法だった

投稿者: wdl06124 投稿日時: 2005/11/14 12:04 投稿番号: [9 / 503]

合法だった日韓併合

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/14 09:14 投稿番号: [8 / 503]

在米韓国人の現実

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/12 13:27 投稿番号: [7 / 503]
アメリカで勉強しています.

アメリカ人の東洋人を見る基準はもちろん日本です.
日本が東洋を代表して韓国の伝統的であるものたちも
日本文化の影響を受けて作られたことだと分かっていました.
率直に言えば韓国に関して別に関心もないです.

美術史(Art History)を学びました.
ゴーギャン,反ゴッホを学ぶのに先生が急に日本絵を見せてくれますね.
韓国でゴーギャンやクラスゴッホに対して学ぶ時はどうか分からないが
こちら美術史本を見れば彼らは日本の美術に多い影響を受けて
作品も日本美術スタイルによって作ったのがたくさんあります.

先生が "この絵はマウンテン富士(Mt.Fuji)だ.." こういいながら説明してトロンウルするのに
訳もなくかんしゃくが起こりますね.

この前に一英語先生と話し合ったことがあるのに
韓国に行って見たと言いますね.
それでどうだったかと問うから
"日本へ行ったが時間とお金が残って韓国にがボルカや.."真書行ったんです.
そしていう話が
鐘路に推定される所(正確に記憶もできなさ)で旅館を取ったが屋根がなくてビニールを打っておいたんです. 雨に降られながら眠ったと言いますね. そしてその部屋で猫ほどの
鼠を見たと言います. 本当なのか... -_-;;;

そして自分は日本で英語講師をするか考え中だと言いますね. 仲間中に
日本で講師をする人がいるのに心にドルオすると言いながら...
それで私が韓国で講師生活すればお金もたくさん儲けて家も与えると言ったら
少しは疑わしい顔で
"payは適時によく註だの?"
うーん...

たまに外国に住む韓国人のグルウルボなら
日本の本来の姿(?)を知らせようと労力する姿を見せます.
日帝時代に行った蛮行同じようなものたちをプレゼンテーションにするかする...
それすべてポルジッです. 私も初めにはそうでした.
ところでアメリカ人たち何と思うかと思いますか?
日本は悪い国だね... するようでしょう?
むしろ "真の韓国人たち何があちらにくすぶったのが多いか..." と思います.
労しく見ます.
この前に急にある韓国学生が Koreaではなく Coreaと
日本のため Kを使うと...しますね. 先生がもうジルリョッダヌンドッ
"そう? 分からなかったな" そうしてしまいますね.

日本人友達とたまに距離(通り)を通えば東洋(ほとんど日本)に関心あるアメリカ人たちは
たまにものをかけて来ます. "you guys from Japan?"
私はまた手始めだね... こういって "Nope"と言えば横に日本の友達は "Yes"します.
声を掛けたアメリカ人たちの中で 100に 100は顔が明るくなって積極的に
その日本人友達に関心を見せます. 横で聞いている私は大根だポルツムします.

アメリカの思う日本は本当に激ファンタスティックします.
清潔で, 神秘で,親切で,伝統があって,粋で...こういったんです.

たまに米紙に大とびらに如く写真とともに韓国関連ニュースが出ます.
大きく 2種です.
一つは赤い帯頭にかけて拳むっと握っているデモ隊
もう一つは北朝鮮,金正日関連ニュース.

最後にやや苦い点は...

韓国人たち飲食店たくさんします.
主に和食専門店します. アメリカに日本料理屋はほとんど
韓国人が経営するんです.
門を開いて入って行けば日本風の飾りたちとエンカがフルラナオで
韓国主人があいさつをします.
"イラッシャイマセ(いらっしゃいませ.)"




ただ一度私が経験した事を使って見ました.

読んでくれてありがとうございます.
http://agorabbs1.media.daum.net/griffin/do/debate/read?bbsId=D104&articleId=6798&pageIndex=1&searchKey=&searchValue=

米国教科書の韓国史

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/12 10:10 投稿番号: [6 / 503]
李王朝は儒教思想を学んだ学者の中から宮廷官吏を選抜するために科挙制度を採用した。朝鮮   は科挙制度を始め様々な中国の文化を取り入れ、中国文化を取り入れることに専念した。だが彼らは、1440年独自の表音文字(ハングル)を作り出した。中国が朝鮮を軍事的に援助していた1592年から1598年にかけて日本人が侵略してきたが、中国の助けを借りて朝鮮は日本軍に抵抗した。この戦争では朝鮮   人の英雄、李舜臣提督が世界最初の鉄甲船を作った。彼らはこの船を使用し日本艦隊の木造船を撃退する事に成功した。

  朝鮮   人は日本との戦いで疲弊した。その結果、1630年代新たな侵略者、満州族が朝鮮半島全土を瞬く間に征服した。その後、満州族は中国の支配権を握る事となる。当時の李王朝の統治者は権力は維持したものの、満州族の政府に服属する事となる。朝鮮は中国の指導の下に鎖国政策を取った、難破して朝鮮に漂着したヨーロッパの航海士は監獄に収監されるのが一般的だったが1669年、拘留されていた8名の航海士が12年ぶりに朝鮮からの脱出に成功した。その中の一人であるヘンドリック・ハーメルはオランダに戻りその体験を本にまとめた。この本は西洋世界で初めて朝鮮について記述した書物となった。

  1860年以降、西洋諸国と日本は、開港して通商せよと朝鮮に対して圧力を加えたが、朝鮮はこれに抵抗した。同時期に朝鮮半島をめぐる中国と日本の争いが激化していった。両国は鉱物、木材などの朝鮮に存在する豊富な資源を手に入れようとした。1876年、朝鮮政府は日本の圧力に屈し通商条約を結んだ、その結果、幾つかの港が開港する事となる。間も無くアメリカ、イギリス、ロシアが朝鮮との条約を結んだ。この内、日本と同様に朝鮮の隣国だったロシアは朝鮮に存在する海に特別の関心を持っていた。

  中国の満州族政府は日本の影響が朝鮮半島で強まる事を望んではいなかった為、李王朝に対する統制を一層強固な物にしようとしていた。1894年、中国と日本の衝突は戦争にまで発展し、結果、中国は敗北する事となる。戦争終結後、日本は中国に対して朝鮮の独立を認めさせた。こうして日本は満州族の朝鮮支配を終焉させたのである。

  中国を退けた後、日本は李氏政権を改革する事業に取り掛かった。ロシアは日本に抵抗する朝鮮の勢力を支援していた。ロシアは朝鮮を自らの影響下に置こうとし、日本はロシアを朝鮮から排除しようとした。二つの列強は、1904年の戦争で全面衝突した。驚くべき事に日本は、陸と海での戦争でロシアに勝利する事に成功した。1910年、日本は国際的承認のもと韓国を合併して李王朝を終わらせた。朝鮮は日本帝国の最も大きな海外領土となった。

  日本の統治は朝鮮   人にとっては過酷だった。日本皇帝の代理人である総督が朝鮮を統治し。最初の10年間、朝鮮   人は言論と出版の自由を始めとする諸権利を持つ事が出来なかった。学校では日本の文化と言語を教え、朝鮮フ歴史は無視された。日本は朝鮮半島を食料供給用の米の生産とした。日本人の商取引は奨励されたが、朝鮮   人はこうした取引からは疎外される傾向にあった。日本は他のアジアの地域を征服する為に朝鮮に幾つかの軍事基地を作る事となった。

  日本の統治は朝鮮に恩恵を与えた側面もあった。朝鮮の通信、輸送システムは飛躍的に発展し、日本人によって導入された近代的な産業技術は朝鮮の経済成長を促した。また高等教育システムは、多くの朝鮮   人指導者を輩出した。朝鮮は第二次世界大戦で日本帝国が敗れる1945年まで独立出来なかった。現在も朝鮮は中国、日本、アメリカのような大国の影響下から抜け出せずにいる。

合法というより

投稿者: wdl06124 投稿日時: 2005/11/12 00:48 投稿番号: [5 / 503]
合法というより、脱法という方が正しい。

ハーバード大、国際国際学術会議

投稿者: wooo_blit_2008 投稿日時: 2005/11/11 22:04 投稿番号: [4 / 503]
確かこの国際学術会議は2001年11月に開催され、韓国側の主張は欧米側研究者によって木っ端微塵に喝破されたんですよね。韓国はこの国際会議での学術的敗北にも懲りず、国際会議で駄目なら今度は日本と刺しでと言うことで、2002年に日韓共同歴史研究会を発足させ今年春頃に研究報告書が公表されましたが、やはり日韓の認識は埋まらずでした。埋まるわけないんですよね。大体、韓国には言論の自由も無ければ学問の自由も無い国なんだから。韓国は自分達が創作した「正史」を日本に飲ませ日本を屈服させるのがそもそもの目的です。

なお、その後の動きとして原田環教授が日韓併合の正当性を更に補強する研究成果を昨年の論文『青丘学術集』で挙げられたそうです。(古田博司氏著書より)

Re: 日韓併合は合法だった

投稿者: superdreadnote 投稿日時: 2005/11/11 21:14 投稿番号: [3 / 503]
>■英の学者ら「日韓併合不法論」支持せず
>韓国主張崩れる

どーーして、韓国はこんな当たり前のことが分からないのか?
理屈が通用しない国には疲れる。こんな国だから、一人前と見なされないのだ。
それにしてもしつこい。しつこすぎる。


>また韓国側が不法論の根拠の一つにしている強制性の問題についても
>「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦(一九一四−一八年)以降の
>もので当時としては問題になるものではない」と主張した。

当たり前である。
日本が幕末に列強と結んだ不平等条約も列強から武力で「強制」された物だが、
一旦、結んだらそれは、合法で有効である。

こんなことも分からない韓国だから、アメリカは韓国を一人前扱いせず、
国連の信託統治下に置こうとしたのである。

韓国はこんなことばっかりやってたら、国際社会からますます一人前扱い
されなくなるがね。そのほうが日本は望ましいけどね。

第三国のどこも日韓併合に反対してなかった

投稿者: yume215 投稿日時: 2005/11/11 19:37 投稿番号: [2 / 503]
第三国のどの国も日韓併合に反対してなかった

わけですから、それだけでも当時の国際理解では

「合法」だったことがわかりますね。


日韓基本条約交渉のときの日本側代表たちは、

この原則を最後まで貫きました。

当然のことです。


  イギリス、オランダ、スペイン、フランス、

ポルトガル、ドイツ・・・・など、日本よりはるかに広大な

植民地を持っていた国々は、かつて一度も旧殖民地に謝罪

していません。

理由は、「当時としては合法」だったからです。


ところが日本ではいつのまにか「謝罪」と「賠償」の

問題になってしまっています。

なぜでしょう?

かつて、戦前、戦中世代の外交官や政治家が原則を貫いて

きたのが、いつの間にか変わってしまってます。

その原因は、戦後世代の登場からですね。

河野洋平、宮沢喜一、村山富一など、戦後の占領軍の

「日本否定」「日本の歴史否定」「日本的精神の否定」

教育を受けた第一世代がこの日本外交の変化を

もたらしてきたわけです。

この世代が戦後の日本の政治を大きく弱体化させたのは

明白です。   そして今、政界、官界、マスコミ界に

この世代の最後の集団・・・段階世代がリーダーとして

座っており、依然として影響を行使しております。

しかしあと5年で最後の段階世代が去ります。

そのあとに登場する世代はこの捻じ曲げられ、弱体化された

日本の外交を建て直さなければなりません。


期待するところです。

日韓併合は合法だった

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/11/11 17:19 投稿番号: [1 / 503]
■英の学者ら「日韓併合不法論」支持せず
韓国主張崩れる

【ソウル26日=黒田勝弘】日韓の歴史認識問題で大きな争点になっている
日韓併合条約(一九一〇年)について合法だったか不法だったかの問題を
めぐり、このほど米ハーバード大で開かれた国際学術会議で第三者の
英国の学者などから合法論が強く出され、国際舞台で不法論を
確定させようとした韓国側の計画は失敗に終わったという。

会議参加者によると、合法論は国際法専門のJ・クロフォード
英ケンブリッジ大教授らから出され
「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点から
その国を取り込むということは当時よくあったことで、日韓併合条約は
国際法上は不法なものではなかった」と述べた。

また韓国側が不法論の根拠の一つにしている強制性の問題についても
「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦(一九一四−一八年)以降の
もので当時としては問題になるものではない」と主張した。

この学術会議は米ハーバード大アジア・センター主催で十六−十七日開かれた
が、韓国政府傘下の国際交流財団が財政的に支援し韓国の学者の主導で
準備された。これまでハワイと東京で二回の討論会を開き、今回は韓日米の
ほか英独の学者も加えいわば結論を出す総合学術会議だった。

日本からは海野福寿明治大教授や笹川紀勝・国際基督教大教授、原田環・
広島女子大教授ら五人が参加したが、海野教授の「不当だが合法」論や
笹川教授の不法論など見解が分かれた。

韓国側は「条約に国王の署名がない」ことなどを理由に不法論を主導している
李泰鎮・ソウル大教授はじめ全員が不法論で、会議をリードしようとした。

しかし日本の原田教授は併合条約に先立ち日本が外交権を掌握し韓国を
保護国にした日韓保護条約(一九〇五年)について、皇帝(国王)の日記など
韓国側資料の「日省録」や「承政院日記」などを分析し、高宗皇帝は条約に
賛成し批判的だった大臣たちの意見を却下していた事実を紹介し注目された。

併合条約に国王の署名や批准がなかったことについても、国際法上必ずしも
必要なものではないとする見解が英国の学者らから出されたという。

日韓併合条約については韓国や北朝鮮からは   いまなお執ように不法論が
出され謝罪や補償要求の根拠になってきた。
日韓国交正常化の際も激しく対立したが、合法・不法の結論は出さず
「今や無効」との表現で国交正常化(一九六五年)にこぎつけた経緯がある。

http://www.geocities.com/naverfan/Legality02/


<ダービー大学Anthony Carty教授>
イギリス政府による一連の条約に対する理解と解釈を中心に報告。以前の会議から「そもそも国際法といえるものが存在したかどうかさえ疑わしい。帝国主義全盛の時代において、特定の条約の合法・違法を判断するに足る「法」を発見することは困難」と主張。最終会議では、条約に対する列強の見解を紹介することにより、当時の「法」が現実的な列強の「力」に対して、如何に劣等であったか、当時の国際社会が如何にその法そのものや、法的手続きを軽視していたかを示す。


<ケンブリッジ大学Crawford教授>
そもそも当時の国際社会では、国際法は文明国相互の間にのみ適用される。この国際法を適用するまでの文明の成熟度を有さない国家には適用されない。言い換えるなら、文明国と非文明国の関係は、文明国相互においてと同様に国際法において規定されない。それ故、前者(文明国・非文明国間)においては後者(文明国間)で必要とされる手続きは必ずしも必要でない。極論すれば、文明国と非文明国との関係の一類系として登場する、植民地化する国と植民地化される国の最終段階では、必ず「条約」の形式を必要とするとさえ言えない。
当時において重要だったのは、特定の文明国と非文明国の関係が、「他の文明国にどのように受け止められるたか」である。単純化して言えば、植民地化において「法」が存在していたのは、その部分(他の文明国が受容したか?)のみである。この意味において、韓国併合は、それが米英を初めとする列強に認められている。仮にどのような大きな手続き的瑕疵があり、非文明国の意志に反していたとしても、当時の国際法慣行からすれば「無効」とは言えない
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)