1417年 6人の大臣と意見が対立
投稿者: hamakaze_matukaze 投稿日時: 2009/01/19 18:56 投稿番号: [9059 / 9207]
http://www.occidentalism.org/?s=ullengdo
(1417年2月8日)
大宗実録17年二月乙丑
右議政韓尚敬が6人の大臣に命じ、于山武陵から住民をどう退去させるか協議した。皆このように言った。「武陵の住民を退去させない方がよいでしょう。五穀を給付し、農機具を与えて、安心して農業をさせましょう。そして帥撫使(武官?)を派遣して年貢を定めればよいではないですか。」
しかし、工曹判書の黄喜だけは反対し、「彼等を定住させずに、速やかに退去させるべきです。」と申し上げた。
王曰く「住民を退去させるのがよいであろう。これらの人民は今まで使役を逃れのんきに暮らしてきた。もし年貢を定めて武官を常駐させれば、必ず恨みを持つだろう。よって、これ以上長く停留させるわけにはいかない。金麟雨を安撫使に留めておき、于山武陵地域にもう一度派遣して住民を島から退去して本土へ戻るよう引率させよう。」
*
工曹判書と王だけが住民を退去させると強情に主張していますね、6人の全大臣と意見が違います、
1693年
安龍服
「この島より北に当たる島があって三年に一度国主宛ての用で、鮑を取りに来ている、
*北に当たる島つまり竹嶼に鮑取りに、三年に一度国主宛て。これは仲間からの情報だとは思うが・・
これは メッセージ 9054 (hamakaze_matukaze さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1za1vcddega1wa4offckdc8gmada4nnneza4ga49_1/9059.html