実際にあった攪乱工作3
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/08/24 18:30 投稿番号: [950 / 2250]
東中野修道著
『南京大虐殺の徹底検証』
276〜277p
馬中将は安全地帯で反日撹乱行為を煽動
上海でアメリカ人の発行する
『チャイナ・プレス』 (一九三八年一月二十五日号) も、
同じことを報じている。
それによれば、十二月二十八日現在で、外国大使館や建物から、
支那軍の将校二十三名と、下士官五十四名、兵卒一四九八名が摘発された。
これは、十二月二十四日からの住民登録の結果でもあった。
つづけて
『チャイナ・プレス』
一月二十五日号は、
その前日公表された南京日本軍憲兵隊の報告書を引用する。
《 その報告書の主張するところによれば、彼らのなかには
南京平和防衛軍司令官王信労
(ワンシンロウ:音訳)
がいた。
彼は陳弥
(チェンミイ:音訳)
と名乗って、
国際避難民地帯の第四部門のグループを指揮していた。
また、前第八十八師の副師長マーポーシャン中将や、
南京警察の高官密信喜
(ミシンシ:音訳)
もいると言われている。
馬中将は安全地帯内で反日撹乱行為の煽動を続けていた、と言われる。
また、安全地帯には黄安
(ファンアン:音訳)
大尉のほか十七人が、
機関銃一丁、ライフル十七丁を持ってかくまわれ、
王信労と三人の元部下は掠奪、煽動、強姦に携わったという。》
・・・
注意すべきは、安全地帯の支那軍将兵たちは強姦の話を撒
(ま)
き散らした
だけではなかった。 それを証明すべく、自ら
「強姦に携わった」
か、
強姦未遂に携わったことである。
そのような舞台裏を知っていたのであろう、支那人の中から、
強姦は支那軍がやったのだと証言する者が現れる。
東京裁判に提出されたマッカラムの一九三八年一月の日記は、
「支那人ノ或ル者ハ
容易ニ
掠奪 ・ 強姦
及ビ
焼打等ハ
支那軍ガヤツタノデ、
日本軍ガヤツタノデハ無イト
立証スラ致シマス」
つづく
これは メッセージ 949 (kireigotowadame さん)への返信です.
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