松本重治氏、ジャキノ難民区へ2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/05/18 18:38 投稿番号: [840 / 2250]
松本重治氏著
『上海時代(下)』
中公新書
237〜238p
《 神父の事務所は境界線間際の、たしか、二階の八疊敷くらいの部屋であり、
簡素な卓と四、五脚の椅子だけがあった。
そこで片腕のジャキノ神父と握手しながら、
「私はティンパーレーの友人の同盟通信の松本です。ご成功を心から祝します」
と祝詞を述べたあと、 「この二人は私の同僚です」
と紹介した。
神父は、私の手を堅く握り締めながら、
「日本側の協力がなければ、この計画はできるものではなかった。
あなたや、日高参事官のご協力も、ティンパーレー君から詳細承知しています。
どうもありがとう。ほんとにありがとう」
といって、自分の努力など一言もいわない。
「せっかくのご訪問だから、シャンペンでいっしょに祝杯を挙げるべきだが、
ビールで堪忍してください」
と、静かな、しかし朗らかな笑みをたたえながら、
ビールの栓をいきなり三、四本も抜いた。
こちらは思いがけぬ饗応で、いささか面くらったが、
ジャキノ神父の今までの苦心の数々を想いやりながら、勧められるままに、
幾度も、グラスをカチンとやりながら、ビールを飲みほした。
私が、 「記念のために、神父の写其を撮らせてください」
というと、
「あなた方とごいっしょなら」
との返事。
あくまでも自分を虚しくした態度に、私はいたく打たれた。
「では、君も入って、三人で撮ることにしましょう」
と、神父を間にして、
殿木君と私とが左右の椅子に座を占めた。
カメラマンがシャッターを切る直前に、神父は、 「オットット」
と
いいながら、空のビール壜 (ビン) を一本ずつ、卓の下に隠した。
「気がつきませんでしたね」
と、こちらは恐縮した。写真撮影が終ったとたんに、
助手らしい中国人が室に入ってきて、 「喧嘩が始まったようです」
と報告した。
ジャキノ神父は、やおら立ち上がって、 「すぐ行く」
と返事しながら、私らに、
「あなた方も新聞記者だから、難民の連中がどうしているかを観察されたいなら、
ご案内しましょう」 「何よりありがたい」
と、私らも神父に随 (つ) いていった。》
つづく
これは メッセージ 839 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/840.html