制令線の設定と中支那方面軍の編成
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/05/11 18:53 投稿番号: [833 / 2250]
中国軍は退却しはじめましたので、追撃戦に移るわけですが、
参謀本部は、戦線が無限に拡大するのを恐れて、制令線を設けました。
戦史叢書
『支那事変
陸軍作戦1』
397p
《十一月七日、臨命第六百号をもって
「中支那方面軍ノ
作戦地域ハ
概ネ蘇州、 嘉興ヲ連ヌル線
以東トス」
・・・
参謀次長から方面軍参謀長あて、次のような通牒を発した。
作戦地域ヲ
蘇州−嘉興ノ線以東
ト定メラレタルハ
方面軍主力カ (が)
該線迄押出スコトヲ
予期スルニ非ス
貴軍ノ任務ハ
依然上海付近ノ敵ヲ
掃滅スルニアリテ・・・》
また、この日、第十軍と上海派遣軍とを指揮する組織として、
中支那方面軍の編合
(戦闘序列ではない)
及び任務が発令されました。
中支那方面軍司令官には松井大将が選ばれ、上海派遣軍司令官と兼任です。
中支那方面軍への命令は以下の通りです。
398p
《一
中支那方面軍ハ
支那方面艦隊ト協同シ
上海西北方ノ敵主力ヲ
崑山付近ノ地区ニ於テ
捕捉殲滅ス
二
上海派遣軍ハ
依然
蘇州河南方地区ノ攻撃ヲ続行シテ
上海市ヲ封鎖スルト共ニ
重点ヲ
京滬鉄道北側地区ニ
保持スル如ク
崑山方向ニ対スル
攻撃ヲ準備スヘシ
十一月中旬
有力ナル兵団ヲ
白茆口付近ニ上陸セシメ
神速ナル行動ヲ以テ
敵ノ退路ヲ遮断スヘシ
三
第十軍ハ主力ヲ以テ
松江付近ニ進出シテ
上海派遣軍ノ
蘇州河南方地区ニ
於ケル作戦ニ
協力スルト共ニ
崑山方面ニ対スル
爾後ノ攻撃ヲ準備スヘシ
四
作戦地境ハ
北橋鎮、呉江ヲ
連ヌル線トス 》
*
制令線を設けた
つまり、南京へ行くなど、考えていなかったと言う事です。
中国や反日日本人の妄想する侵略など、頭になかったのです。
つづく
これは メッセージ 832 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/833.html