9月14日 松井‐松本会談2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/03/30 18:58 投稿番号: [791 / 2250]
松本重治氏著
『上海時代 (下) 』
中公新書
218〜220p
《 松井大将は、 「松本君、よく、すぐに来てくれたね、忙しいのに」 と礼をいわれた。
私は 「イヤ、こちらもお目にかかりたいと思っていたのです。
松井閣下、ご健康は如何ですか?」 というと、松井さんは、
「君、閣下呼わりはやめてくれ。 東京でやったように、ここでもかまわん、
君は 『松井さん』 と呼んでくれ給え。
松本君に来てもらったのは、まず第一に、
英国その他諸外国の反響を君から聞きたいのだ」
「私の率直な所感を申せば、英国はじめ関係第三国はみんな、上海事変を、
できるものならなるべく拡大せしめたくないという考えのようです。
戦争が激しくなれば、租界の中立性があぶなくなります。
先月末に、ヒューゲッセン英大使遭難事件があったことは、ご承知のとおり」
「ウーム」
「あれは、英大使が川越大使と新しい停戦協定ができるかどうかを打診するために、
南京から上海まで、わざわざ来たんです」
「その内部事情は全く知らなかったよ」
「ご存じないのが当り前で、日本側で、内情を知っていたのは、川越大使と
私と二人だけなのです。英国側では、外相イーデンもOKした計画でした。
というわけで、英国の意向もお判りになるでしょう。
川越大使は、東京の考え方が判らないし、これは難しい構想には違いないが、
英大使と話が少し煮つまりそうになれば、軍司令官とも相談し、
それによって本省へ請訓するというお考えだったと推察しています。
だが、ああいうことになって、おじゃんになりました」。
松井さんは、「英国が、そこまで留め男に乗り出しかけたとは知らなかったよ。
君の話は、俺にも少なからず参考になった。中国軍が、なかなか抵抗しよるのも、
あるいは外国のモーラル・サポート以上のものがあるからだとも思われるね」
「松井さん、中国は、もう以夷征夷政策なんかだけに頼ってはいません。
国を護ろうとする切端つまった感情が士気を昂揚せしめているのです。
中国もこの一両年間にずいぶん変ってしまったことは、ご承知のとおりです。
絶対に、馬鹿にはできません」
「今では、俺もそう思っとる。上陸作戦に対する抵抗を見ても判る」。
「松井さん、一つお尋ねしたいことがありますが……」 といいかけると、
「松本君、何でもいいよ」 と打ち解けた返事であった。
「 実は、大山元帥が満洲軍総司令官として新橋駅を発つとき、山本 (権兵衛) 海相を
顧み、『戦争はやりもうすが、 「打ち方止め」 の合図だけはお頼みします』
といったとかいう伝説を聞いていますが、閣下は、いや松井さんは、
上海派遣軍司令官として、いつ、どういうふうに戈を収めるかという問題を
お考えでしょうか。軍令の機密を知ろうというのではありません。
中国通の松井さんには何らかの成算がおありだと思いますがね」
「大山元帥の当時の心境を、かねてから尊敬しているよ。君の質問に答える前に、
すでに五年間も上海で観察してきた君から、どうしたらよいか、どうすべきであるか、
これこれのことはやってはならぬ、というような点について、俺の参考のために、
話してくれ給え。戦地の上海と東京とは違うが、東京での例の会合で
君が述べたような、率直な意見を述べてもらいたいものだ」
「陸軍大将と海軍の尉官待遇の従軍記者とでは、逆手をとられても致し方がない。
では、お叱りを覚悟して申し上げます。要点は二つあります。」
つづく
218〜220p
《 松井大将は、 「松本君、よく、すぐに来てくれたね、忙しいのに」 と礼をいわれた。
私は 「イヤ、こちらもお目にかかりたいと思っていたのです。
松井閣下、ご健康は如何ですか?」 というと、松井さんは、
「君、閣下呼わりはやめてくれ。 東京でやったように、ここでもかまわん、
君は 『松井さん』 と呼んでくれ給え。
松本君に来てもらったのは、まず第一に、
英国その他諸外国の反響を君から聞きたいのだ」
「私の率直な所感を申せば、英国はじめ関係第三国はみんな、上海事変を、
できるものならなるべく拡大せしめたくないという考えのようです。
戦争が激しくなれば、租界の中立性があぶなくなります。
先月末に、ヒューゲッセン英大使遭難事件があったことは、ご承知のとおり」
「ウーム」
「あれは、英大使が川越大使と新しい停戦協定ができるかどうかを打診するために、
南京から上海まで、わざわざ来たんです」
「その内部事情は全く知らなかったよ」
「ご存じないのが当り前で、日本側で、内情を知っていたのは、川越大使と
私と二人だけなのです。英国側では、外相イーデンもOKした計画でした。
というわけで、英国の意向もお判りになるでしょう。
川越大使は、東京の考え方が判らないし、これは難しい構想には違いないが、
英大使と話が少し煮つまりそうになれば、軍司令官とも相談し、
それによって本省へ請訓するというお考えだったと推察しています。
だが、ああいうことになって、おじゃんになりました」。
松井さんは、「英国が、そこまで留め男に乗り出しかけたとは知らなかったよ。
君の話は、俺にも少なからず参考になった。中国軍が、なかなか抵抗しよるのも、
あるいは外国のモーラル・サポート以上のものがあるからだとも思われるね」
「松井さん、中国は、もう以夷征夷政策なんかだけに頼ってはいません。
国を護ろうとする切端つまった感情が士気を昂揚せしめているのです。
中国もこの一両年間にずいぶん変ってしまったことは、ご承知のとおりです。
絶対に、馬鹿にはできません」
「今では、俺もそう思っとる。上陸作戦に対する抵抗を見ても判る」。
「松井さん、一つお尋ねしたいことがありますが……」 といいかけると、
「松本君、何でもいいよ」 と打ち解けた返事であった。
「 実は、大山元帥が満洲軍総司令官として新橋駅を発つとき、山本 (権兵衛) 海相を
顧み、『戦争はやりもうすが、 「打ち方止め」 の合図だけはお頼みします』
といったとかいう伝説を聞いていますが、閣下は、いや松井さんは、
上海派遣軍司令官として、いつ、どういうふうに戈を収めるかという問題を
お考えでしょうか。軍令の機密を知ろうというのではありません。
中国通の松井さんには何らかの成算がおありだと思いますがね」
「大山元帥の当時の心境を、かねてから尊敬しているよ。君の質問に答える前に、
すでに五年間も上海で観察してきた君から、どうしたらよいか、どうすべきであるか、
これこれのことはやってはならぬ、というような点について、俺の参考のために、
話してくれ給え。戦地の上海と東京とは違うが、東京での例の会合で
君が述べたような、率直な意見を述べてもらいたいものだ」
「陸軍大将と海軍の尉官待遇の従軍記者とでは、逆手をとられても致し方がない。
では、お叱りを覚悟して申し上げます。要点は二つあります。」
つづく
これは メッセージ 790 (kireigotowadame さん)への返信です.