8月1日 大幅に譲歩した石射和平案
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/01/15 15:00 投稿番号: [711 / 2250]
ここより先は、このトピの最初の所
「9大幅に譲歩した和平案」
から
「352南京での殺害その他について〜361米英軍の残虐」 までに
既に書いておりますが、 「最初から読め」 というのも何ですから、
新たに捕捉を加えて書くことにします。
松本重治著 『上海時代・下』 中公新書
177〜178p
《 八月一日、石射局長は、陸軍の柴山軍事課長と海軍の保科軍務局第一課長を招き、
かねて用意していた 「国交調整案」 を提示して、陸・海の同意を得ようとした。
この三省会談で、陸軍はあまり面倒な注文を出さず、石射案に沿って
三省の意見一致をみることになり、各次官や各大臣の諒承を得、
近衛首相は、待っていましたとばかりに、ただちにその支持を与えることになった。
従来の三省間で合意された第一次、第二次の 「北支処理要綱」 などの作文は、
いつも陸軍がリードしていたが、こんどの三省一致の 「国交調整案」 は、
外務の石射局長が完全にリードしたのであった。
石射原案に基く政府決定は、満州事変以後の日本の対中国政策における最も
画期的な案であった。停戦が眼目ではあったが、
中国をして停戦に応ぜしめるためには思いきった譲歩を含む 「停戦条件」 と
「全面的国交調整案」 とを同時に中国側に提示する必要があったのである。
石射原案は、一九三五年秋の広田・蒋作賓交渉以来、一九三六年の川越・張群交渉を
通じて、中国側が日本に対して一貫して示してきた要望条項をほとんどすべて
日本側が受け納れ、その代りに、従来日本側が中国に対して要求してきた
諸項目をだいたい中国側が黙認あるいは原則的同意を与え得るかたちで提示
するとともに、盧溝橋事件突発後の華北の新現状に即した新しい非武装地帯
(中国側の行政権を完全に認めるもの) を設定せんとするものであり、
さらに華北における日本軍のプレゼンスを盧溝橋事件以前の状態に引き戻す
ことをも約束しようとするものであった。
少しく、この政府決定を述べると、まず、日本側の譲歩は、
塘沽停戦協定の解消、 梅津‐何応欽 「協定」 の解消、
土肥原−秦徳純協定の解消、 冀察政権の解消、 冀東政権の解消、
冀東特殊貿易の廃止、 非武装地帯海面の中国側密輸取締りの自由恢復、
華北における 「自由飛行」 の廃止、
中国側がしいて要求すれば上海停戦協定をも解消する
こと等々を、すべて含むものであった。その見返りとして、日本側は
上記非武装地帯の設定のほか、
「『満州国を今後問題とせずとの約束を隠約の間になすこと、
日中両国間に防共協定をなすこと、
邦交敦睦令を徹底せしめること、
両国の経済の連絡、貿易の増進を図ること』
等を要望するものであった」》
* この譲歩案は、ほとんど敗戦国が出すような内容ですが、中国はこんな
有利な提案ですらも、大山中尉虐殺によって、ぶち壊したのです。
石射猪太郎は、こちらが譲歩すれば相手も理解してくれると考えていますが、
中国は、譲歩を弱さの表れと見て、さらに突っ込んで来ます。
石射猪太郎の考えは、最初から的外れ なのです。
つづく
「352南京での殺害その他について〜361米英軍の残虐」 までに
既に書いておりますが、 「最初から読め」 というのも何ですから、
新たに捕捉を加えて書くことにします。
松本重治著 『上海時代・下』 中公新書
177〜178p
《 八月一日、石射局長は、陸軍の柴山軍事課長と海軍の保科軍務局第一課長を招き、
かねて用意していた 「国交調整案」 を提示して、陸・海の同意を得ようとした。
この三省会談で、陸軍はあまり面倒な注文を出さず、石射案に沿って
三省の意見一致をみることになり、各次官や各大臣の諒承を得、
近衛首相は、待っていましたとばかりに、ただちにその支持を与えることになった。
従来の三省間で合意された第一次、第二次の 「北支処理要綱」 などの作文は、
いつも陸軍がリードしていたが、こんどの三省一致の 「国交調整案」 は、
外務の石射局長が完全にリードしたのであった。
石射原案に基く政府決定は、満州事変以後の日本の対中国政策における最も
画期的な案であった。停戦が眼目ではあったが、
中国をして停戦に応ぜしめるためには思いきった譲歩を含む 「停戦条件」 と
「全面的国交調整案」 とを同時に中国側に提示する必要があったのである。
石射原案は、一九三五年秋の広田・蒋作賓交渉以来、一九三六年の川越・張群交渉を
通じて、中国側が日本に対して一貫して示してきた要望条項をほとんどすべて
日本側が受け納れ、その代りに、従来日本側が中国に対して要求してきた
諸項目をだいたい中国側が黙認あるいは原則的同意を与え得るかたちで提示
するとともに、盧溝橋事件突発後の華北の新現状に即した新しい非武装地帯
(中国側の行政権を完全に認めるもの) を設定せんとするものであり、
さらに華北における日本軍のプレゼンスを盧溝橋事件以前の状態に引き戻す
ことをも約束しようとするものであった。
少しく、この政府決定を述べると、まず、日本側の譲歩は、
塘沽停戦協定の解消、 梅津‐何応欽 「協定」 の解消、
土肥原−秦徳純協定の解消、 冀察政権の解消、 冀東政権の解消、
冀東特殊貿易の廃止、 非武装地帯海面の中国側密輸取締りの自由恢復、
華北における 「自由飛行」 の廃止、
中国側がしいて要求すれば上海停戦協定をも解消する
こと等々を、すべて含むものであった。その見返りとして、日本側は
上記非武装地帯の設定のほか、
「『満州国を今後問題とせずとの約束を隠約の間になすこと、
日中両国間に防共協定をなすこと、
邦交敦睦令を徹底せしめること、
両国の経済の連絡、貿易の増進を図ること』
等を要望するものであった」》
* この譲歩案は、ほとんど敗戦国が出すような内容ですが、中国はこんな
有利な提案ですらも、大山中尉虐殺によって、ぶち壊したのです。
石射猪太郎は、こちらが譲歩すれば相手も理解してくれると考えていますが、
中国は、譲歩を弱さの表れと見て、さらに突っ込んで来ます。
石射猪太郎の考えは、最初から的外れ なのです。
つづく
これは メッセージ 710 (kireigotowadame さん)への返信です.