7月29日 通州虐殺事件4 近水楼1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/12/31 14:09 投稿番号: [684 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
386〜387p
《 残忍な殺戮は町から町へ、巷 (ちまた) から巷へと続けられて行った。
掠奪は城内随所で、もうだれはばかるところなく、白昼公然行われていた。
かの有名な近水楼の大虐殺、並 (ならび) に凄惨 (せいさん) 極まる銃殺場の
情況については、当時だれ一人これを知る者もなかったが、
同盟通信特派員、安藤利男氏が、冒険をあえてして銃殺場を脱出し、
北京にたどり着いたので、初めて惨劇の実相が世界に向って発表されたのである。
安藤特派員が、直接私に語った真相は次の通りだった。
その晩、私は近水楼に泊っておりました。
二十九日の明け方早くから起った銃声や砲声。私は寝床の中で
− いよいよ通州の近くでも戦争が始まったんだなあ、宝通寺の敗残兵共、
いくらこんなところでジタバタしたって勝てるもんか。
やるつもりならやってみろ −
そんな事を考えておりました。
でもそこが特派員としての職業意識ですかね。戦争が始まったなら始まったで、
早速これをニュースにして送らなければならぬ。
ちょうどいいところに来合わせたとはいうものの、果してこれがどの程度の
ニュースバリューを持っているかな、など思いながら、
床から起き上ろうとした時、銃声砲声が俄然はげしくなってきました。
どうやらすぐ近くの日本軍守備隊付近で起っているらしいのです。
− さては日本軍、もうやっているんだな! 勇ましいなあ −
私はホテルのガラス戸越しに外の様子を窺いました。
すると池のかなたを、カーキ服の保安隊が走る。
黒服黒帽の学生らしいのが走る。それ等が所嫌わずポンポン拳銃をブッ放して
騒ぎ回っているのです。初めて冀東保安隊の兵変と云う事に気がつきました。
銃声は大掃除の時、畳をたたく音にも似て、ある時は激しく、ある時は静かに、
また時としては全くの沈黙状態にかえる事さえあったのでした。
午前九時半、いったん銃声も静まり、ホッと一安心しているところに、
近水楼子飼いの中国人ボーイが、血相変えてとび込んで来ました。
「大変です! 旦那! 街では日本人が鏖殺 (みなごろ) しになっていますぜ!
北平館も旭食堂も、女給さんや店の人達、みんな血だらけになって殺されちゃいました。
早く!早く今の中 (うち) に逃げ出して下さい!
今に家にもきっと保安隊がやって来ますよッ!」
近水楼の女中達はそれを聞くなり、キャーッといって騒ぎ始めました。
荷物を整理する者、身の置きどころもなく右往左往する者等々。
その中に銃声砲声がまたまた激しくなってきました。
黒服の学生団がだんだん近水楼の方に押し寄せて来ます。
私はすぐさま二階に駆け上り、畳をあげて一応の弾避けをこしらえてはみましたものの、
彼等が家の中に躍り込んで来たが最後、こんな事くらいで対応出来得るものじゃないと
悟りまして、宿泊客十九名の中、我々十一名は天井板を外して、
屋根裏にもぐり込んで行きました。
女中や何か、下の部屋にいた人達は、
それぞれ物置きや押入れの中に隠れたようでした。》
つづく
386〜387p
《 残忍な殺戮は町から町へ、巷 (ちまた) から巷へと続けられて行った。
掠奪は城内随所で、もうだれはばかるところなく、白昼公然行われていた。
かの有名な近水楼の大虐殺、並 (ならび) に凄惨 (せいさん) 極まる銃殺場の
情況については、当時だれ一人これを知る者もなかったが、
同盟通信特派員、安藤利男氏が、冒険をあえてして銃殺場を脱出し、
北京にたどり着いたので、初めて惨劇の実相が世界に向って発表されたのである。
安藤特派員が、直接私に語った真相は次の通りだった。
その晩、私は近水楼に泊っておりました。
二十九日の明け方早くから起った銃声や砲声。私は寝床の中で
− いよいよ通州の近くでも戦争が始まったんだなあ、宝通寺の敗残兵共、
いくらこんなところでジタバタしたって勝てるもんか。
やるつもりならやってみろ −
そんな事を考えておりました。
でもそこが特派員としての職業意識ですかね。戦争が始まったなら始まったで、
早速これをニュースにして送らなければならぬ。
ちょうどいいところに来合わせたとはいうものの、果してこれがどの程度の
ニュースバリューを持っているかな、など思いながら、
床から起き上ろうとした時、銃声砲声が俄然はげしくなってきました。
どうやらすぐ近くの日本軍守備隊付近で起っているらしいのです。
− さては日本軍、もうやっているんだな! 勇ましいなあ −
私はホテルのガラス戸越しに外の様子を窺いました。
すると池のかなたを、カーキ服の保安隊が走る。
黒服黒帽の学生らしいのが走る。それ等が所嫌わずポンポン拳銃をブッ放して
騒ぎ回っているのです。初めて冀東保安隊の兵変と云う事に気がつきました。
銃声は大掃除の時、畳をたたく音にも似て、ある時は激しく、ある時は静かに、
また時としては全くの沈黙状態にかえる事さえあったのでした。
午前九時半、いったん銃声も静まり、ホッと一安心しているところに、
近水楼子飼いの中国人ボーイが、血相変えてとび込んで来ました。
「大変です! 旦那! 街では日本人が鏖殺 (みなごろ) しになっていますぜ!
北平館も旭食堂も、女給さんや店の人達、みんな血だらけになって殺されちゃいました。
早く!早く今の中 (うち) に逃げ出して下さい!
今に家にもきっと保安隊がやって来ますよッ!」
近水楼の女中達はそれを聞くなり、キャーッといって騒ぎ始めました。
荷物を整理する者、身の置きどころもなく右往左往する者等々。
その中に銃声砲声がまたまた激しくなってきました。
黒服の学生団がだんだん近水楼の方に押し寄せて来ます。
私はすぐさま二階に駆け上り、畳をあげて一応の弾避けをこしらえてはみましたものの、
彼等が家の中に躍り込んで来たが最後、こんな事くらいで対応出来得るものじゃないと
悟りまして、宿泊客十九名の中、我々十一名は天井板を外して、
屋根裏にもぐり込んで行きました。
女中や何か、下の部屋にいた人達は、
それぞれ物置きや押入れの中に隠れたようでした。》
つづく
これは メッセージ 683 (kireigotowadame さん)への返信です.