7月29日 通州虐殺事件3−2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/12/30 17:35 投稿番号: [683 / 2250]
浜口特務機関員兄妹の死2
寺平忠輔著 『日本の悲劇 盧溝橋事件』 読売新聞社刊
385〜386p
《 一通り掠奪が終りますと、彼等はみんなドヤドヤ出て行ってしまいました。
私はかすかに目を見開いてあたりの様子を窺いました。
すると文子さんが全身血に染まって苦しそうな息づかいの下から
「痛い! 痛い!」 と唸 (うな) っています。
「文ちゃん! しっかりしてね。今すぐ介抱してあげますよ」 と小声でいって、
その方にいざり寄ろうとしましたけれど、私も横腹の傷から出血が止まらず、
ズキズキ痛んで寝返り打つ事さえ出来ない有様です。
手を差し伸べて文子さんに触るだけがようやっとの事でした。
可哀相に文子さんは転々として、しきりに苦しみ悶えておりましたが、最後に
「お母さま! お母さま!」 二声呼んだきり、とうとう息を引取ってしまいました。
文子さんはお父様もお母様も、もう七、八年も前に亡くなっておりました。
でも非常な親思いの娘さんでしたから、この時、多分お母様の霊が文子さんを
迎いにいらっしゃったのかもわかりません。
それから数時間、私は意識不明の中に、こんこんとして眠り続けました。
ふと気がつきますと、安田さんの奥様が、他の方の死体の間から頭をもたげて、
あたりを見回しておられるのです。私は覚えず
「奥様!」
呼んだっきり、しばらくは続く言葉もございませんでした。嬉しさ、悲しさ、
怖ろしさ、あらゆる感情がゴッチャになって、一時にこみ上げて来たのですね。
十人ばかりの中、助かったのは私と安田さんの奥様と、タッタ二人っきりでした。
外の方ではまだ一しきり、激しい銃声砲声が続いておりました。
でもあの日、日本軍の飛行機の爆音が聞えた時の嬉しさ −ああこれでやっと助かる−
生れてこの方、こんなに有難いと思った事はありませんでした。
翌三十日、私は守備隊の方に助け出されてこちらに参りましたが、
ここでまず気にかかりましたのは主人の消息です。
私は傷の痛みも押しこらえ、兵隊さん方とご一緒に特務機関に参りました。
ここは本当に形容のしようもないほどひどく荒されておりまして、保安隊の死体と
日本人の死体とが、入り混じって数多くそこの土間に斃 (たお) れておりました。
私はようやくにしてその中から、主人の死体を見出しましたが、
随分悪戦苦闘したものとみえまして、身体には弾丸が七発も食い込んでおり、
その上、大きな切り傷までも受けていまして、
全く顔をそむけずにはおられない状態でした。
こうして主人は遂に命を堕してしまいましたが、でも、光栄ある特務機関の一員として、
お国のために大陸の土となりました事は、どんなに本望だった事でございましょう。
兄妹そろって靖国神社にお祭りしていただけるとうかがいまして、今となっては
ただそれだけがせめてもの……といったまま、夫人はハンカチで顔を掩って嗚咽した。》
つづく
寺平忠輔著 『日本の悲劇 盧溝橋事件』 読売新聞社刊
385〜386p
《 一通り掠奪が終りますと、彼等はみんなドヤドヤ出て行ってしまいました。
私はかすかに目を見開いてあたりの様子を窺いました。
すると文子さんが全身血に染まって苦しそうな息づかいの下から
「痛い! 痛い!」 と唸 (うな) っています。
「文ちゃん! しっかりしてね。今すぐ介抱してあげますよ」 と小声でいって、
その方にいざり寄ろうとしましたけれど、私も横腹の傷から出血が止まらず、
ズキズキ痛んで寝返り打つ事さえ出来ない有様です。
手を差し伸べて文子さんに触るだけがようやっとの事でした。
可哀相に文子さんは転々として、しきりに苦しみ悶えておりましたが、最後に
「お母さま! お母さま!」 二声呼んだきり、とうとう息を引取ってしまいました。
文子さんはお父様もお母様も、もう七、八年も前に亡くなっておりました。
でも非常な親思いの娘さんでしたから、この時、多分お母様の霊が文子さんを
迎いにいらっしゃったのかもわかりません。
それから数時間、私は意識不明の中に、こんこんとして眠り続けました。
ふと気がつきますと、安田さんの奥様が、他の方の死体の間から頭をもたげて、
あたりを見回しておられるのです。私は覚えず
「奥様!」
呼んだっきり、しばらくは続く言葉もございませんでした。嬉しさ、悲しさ、
怖ろしさ、あらゆる感情がゴッチャになって、一時にこみ上げて来たのですね。
十人ばかりの中、助かったのは私と安田さんの奥様と、タッタ二人っきりでした。
外の方ではまだ一しきり、激しい銃声砲声が続いておりました。
でもあの日、日本軍の飛行機の爆音が聞えた時の嬉しさ −ああこれでやっと助かる−
生れてこの方、こんなに有難いと思った事はありませんでした。
翌三十日、私は守備隊の方に助け出されてこちらに参りましたが、
ここでまず気にかかりましたのは主人の消息です。
私は傷の痛みも押しこらえ、兵隊さん方とご一緒に特務機関に参りました。
ここは本当に形容のしようもないほどひどく荒されておりまして、保安隊の死体と
日本人の死体とが、入り混じって数多くそこの土間に斃 (たお) れておりました。
私はようやくにしてその中から、主人の死体を見出しましたが、
随分悪戦苦闘したものとみえまして、身体には弾丸が七発も食い込んでおり、
その上、大きな切り傷までも受けていまして、
全く顔をそむけずにはおられない状態でした。
こうして主人は遂に命を堕してしまいましたが、でも、光栄ある特務機関の一員として、
お国のために大陸の土となりました事は、どんなに本望だった事でございましょう。
兄妹そろって靖国神社にお祭りしていただけるとうかがいまして、今となっては
ただそれだけがせめてもの……といったまま、夫人はハンカチで顔を掩って嗚咽した。》
つづく
これは メッセージ 682 (kireigotowadame さん)への返信です.