7月22日 共産分子の策動1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/01 18:40 投稿番号: [622 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
282〜283p
《 中島顧問がふたたび八宝山に出かけようとしているとき、周参謀がやってきた。
「あ、補佐官殿、ちょっとご相談があるんですが。
実は宋委員長が帰って来られてから、第一線には特別やかましく命令して、
絶対射撃をさせないよう取り締っているんです。
この点日本側だってもちろんご同様なんでしょう。ところが昨日も一昨日も、
日が暮れるとどっちからかわからないが銃声砲声が聞えて来て、
日本側からは二十九軍がけしからんといってお小言をいただくし、中国側第一線では、
あれは明瞭に日本軍の射撃だと頑強に言い張るんです。それで……」
「イヤ、こいつは私も何とか早く、責任の帰趨をハッキリさせたいと思ってた
ところなんです。幸い今日は、中島顧問がこれから八宝山に出かけるところです。
この際一つ中国側に対するお目付役として、
その原因不明の射撃が中国軍のものであるかどうかを監視してもらいましょう。
同時に日本軍に対しては、周さん、あなた一つお目付役として、
これから盧溝橋の日本軍連隊本部に行ってくれませんか。
そうすれば正真正銘のところ、どっちが不法射撃をやったか、
確実なところが突止められると思うんです」
「ようございます。それじゃあ中島顧問!八宝山の方はどうぞよろしくお頼みしますよ」
「引き受けました。しかし監視もまあ精々前半夜くらいですなあ。
もし音がしなかったら、適当な時期に切り上げて帰って来ますよ」
中島顧問と周永業とが、宋哲元の命令書を携えて八宝山に着いたのは、
午後の八時を大分過ぎていた。
山際のアカシヤの林の中を、中国兵があわただしく行ったり来たりして、
昼間の空気とは、大分変ったザワめきが感ぜられた。
あちこち尋ね回ってようやく何基レイを見つけ出し、
携えて来た命令書を突き付けてその撤退を促したところ、彼は
「ちょうど七時二十分ごろでしたかね。
宋委員長からこの撤退命令が伝えられてきました。
命令さえあれば我々は即時実行です。
早速兵を取りまとめにかかったところ、十五分ばかりたった時、
この八宝山の南南東三キロばかり、日本軍の第一線方向から、
六発の砲撃をうけました。そこで私は独断、兵の集結を中止させました。
いったい日本軍は、どういうわけでああした挑戦行動をとるんですか?
その理由についてまずご説明を承りましょう」 と鼻息当るべからざるものがある。
そこで中島顧問 「弾はどの辺に落ちました?」
「幸いにして弾はこの陣地までは飛んで来ませんでした」
「よござんす。早速その理由、日本軍に問い合せてあげましょう」
顧問は電話で、日本軍発砲の理由を特務機関に照会して来た。
これより先、私は豊台の浅野少佐から、次のような電話をうけていた。
「午後七時三十五分、盧溝橋駅の北北東三キロあまり、
ちょうど八宝山と覚しき方向から六発の砲声が聞えました。
昨夜とまったく同じ方角なんです。弾はとんでは来ませんでした。
この事について、中国側に喧 (やか) ましく警告を発して下さい。日本軍は
今日は一日、全線にわたって極めて静粛で、小銃一発射っていないのです」
そこで私は中島顧向からの電話に対し、すぐその場で以上を説明し
「どうもおかしいですねえ。今日で丸三日、得体の知れない銃声、砲声に対して、
目撃両軍責任のなすり合いですよ。どうせ、どちらかがやった事には間違いない
でしょうが、お目付役の現地到着が今日は少少遅かったですねえ」》
つづく
282〜283p
《 中島顧問がふたたび八宝山に出かけようとしているとき、周参謀がやってきた。
「あ、補佐官殿、ちょっとご相談があるんですが。
実は宋委員長が帰って来られてから、第一線には特別やかましく命令して、
絶対射撃をさせないよう取り締っているんです。
この点日本側だってもちろんご同様なんでしょう。ところが昨日も一昨日も、
日が暮れるとどっちからかわからないが銃声砲声が聞えて来て、
日本側からは二十九軍がけしからんといってお小言をいただくし、中国側第一線では、
あれは明瞭に日本軍の射撃だと頑強に言い張るんです。それで……」
「イヤ、こいつは私も何とか早く、責任の帰趨をハッキリさせたいと思ってた
ところなんです。幸い今日は、中島顧問がこれから八宝山に出かけるところです。
この際一つ中国側に対するお目付役として、
その原因不明の射撃が中国軍のものであるかどうかを監視してもらいましょう。
同時に日本軍に対しては、周さん、あなた一つお目付役として、
これから盧溝橋の日本軍連隊本部に行ってくれませんか。
そうすれば正真正銘のところ、どっちが不法射撃をやったか、
確実なところが突止められると思うんです」
「ようございます。それじゃあ中島顧問!八宝山の方はどうぞよろしくお頼みしますよ」
「引き受けました。しかし監視もまあ精々前半夜くらいですなあ。
もし音がしなかったら、適当な時期に切り上げて帰って来ますよ」
中島顧問と周永業とが、宋哲元の命令書を携えて八宝山に着いたのは、
午後の八時を大分過ぎていた。
山際のアカシヤの林の中を、中国兵があわただしく行ったり来たりして、
昼間の空気とは、大分変ったザワめきが感ぜられた。
あちこち尋ね回ってようやく何基レイを見つけ出し、
携えて来た命令書を突き付けてその撤退を促したところ、彼は
「ちょうど七時二十分ごろでしたかね。
宋委員長からこの撤退命令が伝えられてきました。
命令さえあれば我々は即時実行です。
早速兵を取りまとめにかかったところ、十五分ばかりたった時、
この八宝山の南南東三キロばかり、日本軍の第一線方向から、
六発の砲撃をうけました。そこで私は独断、兵の集結を中止させました。
いったい日本軍は、どういうわけでああした挑戦行動をとるんですか?
その理由についてまずご説明を承りましょう」 と鼻息当るべからざるものがある。
そこで中島顧問 「弾はどの辺に落ちました?」
「幸いにして弾はこの陣地までは飛んで来ませんでした」
「よござんす。早速その理由、日本軍に問い合せてあげましょう」
顧問は電話で、日本軍発砲の理由を特務機関に照会して来た。
これより先、私は豊台の浅野少佐から、次のような電話をうけていた。
「午後七時三十五分、盧溝橋駅の北北東三キロあまり、
ちょうど八宝山と覚しき方向から六発の砲声が聞えました。
昨夜とまったく同じ方角なんです。弾はとんでは来ませんでした。
この事について、中国側に喧 (やか) ましく警告を発して下さい。日本軍は
今日は一日、全線にわたって極めて静粛で、小銃一発射っていないのです」
そこで私は中島顧向からの電話に対し、すぐその場で以上を説明し
「どうもおかしいですねえ。今日で丸三日、得体の知れない銃声、砲声に対して、
目撃両軍責任のなすり合いですよ。どうせ、どちらかがやった事には間違いない
でしょうが、お目付役の現地到着が今日は少少遅かったですねえ」》
つづく
これは メッセージ 620 (kireigotowadame さん)への返信です.