盧溝橋事件63 参謀本部の情勢判断1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/09/12 16:34 投稿番号: [566 / 2250]
戦史叢書 『支那事変
陸軍作戦1』
160〜161p
《 一方、参謀本部では、石原作戦部長が衆論を倒して事件不払大の方針を確定し、
その実現に努力していたが、一般にはしだいに強硬論が盛んとなってきた。
十日午前、参謀本部第三課と第二部は次のような情勢判断を行った。
一 諸情報ヲ綜合スルニ 冀察 (きさつ) 当局及 南京政府ハ 国民ノ抗日意識ヲ
煽揚スルト共ニ 対日武力戦争ヲ 準備シツツアリテ 我カ 支那駐屯軍ノ
和平解決ノ努力ハ 支那側ノ暴戻ナル 挑戦的態度ニ依リ 酬 (むく) ヒラレス
事態ハ 逐次悪化拡大スルノ虞 (おそれ) 大ナリ
二 大規模ナル 対支出兵ハ 帝国ノ固 (もと) ヨリ 好ム所ニアラサルモ
状況斯 (か) クノ如クニシテ 機ヲ失センカ 支那駐屯軍ノ自衛行動ハ
優勢ナル支那軍ノ重囲ニ陥リ 遂ニ 救フヘカラサルニ至ル 斯クテハ
帝国ノ威信ハ地ニ墜チ 支那ヲシテ益々増長セシメ 在留帝国臣民ノ生命財産ハ
暴虐ナル毒手ニ委 (まか) スルニ至ルヘシ 故ニ速 (すみや) カニ
之ヲ救援スルト共ニ 事態ノ根元ヲ一掃スル為 必要ナル兵力ヲ
先ツ 北支方面ニ派達スルヲ要ス
三 事態更ニ 他方面ニ拡大スルハ 之ヲ欲セサル所ナルモ 支那全般ノ 抗日情勢ニ鑑ミ
他方面ニ於ケル 日支尖鋭化ヲ来ス 虞ナキニアラス 之カ為 在支居留民ノ
保護ニ関シテハ 遺憾ナキヲ期ス
四 以上ノ処置ヲ取ル 場合ニ於テモ 現下ノ国際情勢ハ 欧米 就中 (なかんずく)
蘇聯邦 (ソレンぽう) ノ参戦ヲ 誘発スルノ 虞ナシト判断セラル
右判断により支那駐屯軍に増派する兵力を次のように考えられた。
一 関東軍の一部 (独立混成第一・第十一旅団、
関東軍飛行集団から偵察・戦闘・重爆各二中隊、その他)
二 朝鮮軍の一部 (応急動員した第二十師団、飛行中隊三−戦闘二、軽爆一)
三 内地から師団三、飛行中隊一八 (偵察六、戦闘五、軽爆四、重爆三) 其の他
この兵力は盧溝橋解決のためには、右の一、二、の兵力で十分であるが、
京漢線に沿って逐次中国中央軍が北上する場合を予想して、
内地師団の派遣が考えられた。これだけあれば平津地方における処理は
もとより内蒙、察哈爾の処理も可能と判断された。
これは平津、内蒙を満州国の緩衝地帯にしようとする武藤第三課長の
当初からの企図に基づくものであった。
この積極構想に対して参謀本部作戦課部員の中にも反対意見があり、
参謀本部第二課は大体において反対、
作戦部長石原少将も不本意であるがやむなく承服という態度であったが、ともかく
十日午後、兵力の派遣及び作戦行動の準拠に関する大命案が陸軍省軍事課に送付された。
陸軍省においては、陸軍次官梅津美治郎中将 (15期) が
「その趣旨にはあえて不同意ではないが、今すぐ三コ師団を動員派遣することは
国際関係を悪化する誘因となるし、なお北支の情勢もまだ判明しないのだから、
まず関東軍から二コ旅団を急派するほか、朝鮮軍から一コ師団を臨時編成で出し、
しばらく情勢を見るべきではないか」 との意見であった。
しかし結局参謀本部の要求を了とし、内地師団の動員も原則的に認め、とりあえず
関東軍の二コ旅団と在鮮第二十師団を応急動員して派兵することに落ち着いた。》
つづく
160〜161p
《 一方、参謀本部では、石原作戦部長が衆論を倒して事件不払大の方針を確定し、
その実現に努力していたが、一般にはしだいに強硬論が盛んとなってきた。
十日午前、参謀本部第三課と第二部は次のような情勢判断を行った。
一 諸情報ヲ綜合スルニ 冀察 (きさつ) 当局及 南京政府ハ 国民ノ抗日意識ヲ
煽揚スルト共ニ 対日武力戦争ヲ 準備シツツアリテ 我カ 支那駐屯軍ノ
和平解決ノ努力ハ 支那側ノ暴戻ナル 挑戦的態度ニ依リ 酬 (むく) ヒラレス
事態ハ 逐次悪化拡大スルノ虞 (おそれ) 大ナリ
二 大規模ナル 対支出兵ハ 帝国ノ固 (もと) ヨリ 好ム所ニアラサルモ
状況斯 (か) クノ如クニシテ 機ヲ失センカ 支那駐屯軍ノ自衛行動ハ
優勢ナル支那軍ノ重囲ニ陥リ 遂ニ 救フヘカラサルニ至ル 斯クテハ
帝国ノ威信ハ地ニ墜チ 支那ヲシテ益々増長セシメ 在留帝国臣民ノ生命財産ハ
暴虐ナル毒手ニ委 (まか) スルニ至ルヘシ 故ニ速 (すみや) カニ
之ヲ救援スルト共ニ 事態ノ根元ヲ一掃スル為 必要ナル兵力ヲ
先ツ 北支方面ニ派達スルヲ要ス
三 事態更ニ 他方面ニ拡大スルハ 之ヲ欲セサル所ナルモ 支那全般ノ 抗日情勢ニ鑑ミ
他方面ニ於ケル 日支尖鋭化ヲ来ス 虞ナキニアラス 之カ為 在支居留民ノ
保護ニ関シテハ 遺憾ナキヲ期ス
四 以上ノ処置ヲ取ル 場合ニ於テモ 現下ノ国際情勢ハ 欧米 就中 (なかんずく)
蘇聯邦 (ソレンぽう) ノ参戦ヲ 誘発スルノ 虞ナシト判断セラル
右判断により支那駐屯軍に増派する兵力を次のように考えられた。
一 関東軍の一部 (独立混成第一・第十一旅団、
関東軍飛行集団から偵察・戦闘・重爆各二中隊、その他)
二 朝鮮軍の一部 (応急動員した第二十師団、飛行中隊三−戦闘二、軽爆一)
三 内地から師団三、飛行中隊一八 (偵察六、戦闘五、軽爆四、重爆三) 其の他
この兵力は盧溝橋解決のためには、右の一、二、の兵力で十分であるが、
京漢線に沿って逐次中国中央軍が北上する場合を予想して、
内地師団の派遣が考えられた。これだけあれば平津地方における処理は
もとより内蒙、察哈爾の処理も可能と判断された。
これは平津、内蒙を満州国の緩衝地帯にしようとする武藤第三課長の
当初からの企図に基づくものであった。
この積極構想に対して参謀本部作戦課部員の中にも反対意見があり、
参謀本部第二課は大体において反対、
作戦部長石原少将も不本意であるがやむなく承服という態度であったが、ともかく
十日午後、兵力の派遣及び作戦行動の準拠に関する大命案が陸軍省軍事課に送付された。
陸軍省においては、陸軍次官梅津美治郎中将 (15期) が
「その趣旨にはあえて不同意ではないが、今すぐ三コ師団を動員派遣することは
国際関係を悪化する誘因となるし、なお北支の情勢もまだ判明しないのだから、
まず関東軍から二コ旅団を急派するほか、朝鮮軍から一コ師団を臨時編成で出し、
しばらく情勢を見るべきではないか」 との意見であった。
しかし結局参謀本部の要求を了とし、内地師団の動員も原則的に認め、とりあえず
関東軍の二コ旅団と在鮮第二十師団を応急動員して派兵することに落ち着いた。》
つづく
これは メッセージ 563 (kireigotowadame さん)への返信です.