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盧溝橋事件59 橋本参謀長を出迎え1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/09/06 18:25 投稿番号: [560 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
209〜210p

《 笠井顧問や愛沢通訳生達が、保安隊誘導のため出ていってしまった後も、
中国側の要人達は、依然、次から次へと特務機関を訪れて来て、機関の中は

相変らず上を下へのゴッタ返しを続けていた。

応接室と事務室の間を、あわただしく駆けずり回っている私をつかまえて、
吉富機関員が話しかけた。

「アア補佐官殿!   先程豊台からお電話がありました。
関東軍の連絡将校、辻政信とかいう大尉の方が、今豊台に来ておられるそうです。

それで今晩北京に泊ろうと思って、汽車に乗ろうとされたところ、豊台の駅長が、
作戦上の目的で北京に行く者は、絶対、汽車に乗せる事まかりならんといって、

もう三時間ばかりも汽車を動かさないんだそうであります」



「フーム、それで北寧鉄路局の方へ、交渉でもしてくれといってきているのか?」

「イヤ、北京行きは中止されたそうであります。
ただ、そういう事があった事だけ、お知らせしておいてくれとの事でございました」

「そうか。辻大尉がやって来ているんだな。
この辻大尉というのは、この前、上海事変の時、金沢の連隊の小隊長として出征し、

勇敢に戦ったが、戦後はもう一人、辻権作という大佐と一緒に、
あちこち講演して歩いたので、ますます有名になったんだ。

幼年学校、陸士、陸大の恩賜組で、口も八丁、手も八丁、なかなかの遣り手だそうだ。

関東軍、いよいよジッとしておれなくなったもんだから、
天津軍をケシかける意味で辻大尉なんかをよこしたんだな」



話し合っているところに天津の軍司令部から、電話がかかってきた。

「軍参謀長の橋本少将と塚田参謀それから大木参謀の三名が、停戦協定締結のため、
今日牛後三時四十五分、天津発、列車で北京に向われました。

出迎えの準備と宿の支度を、どうぞよろしくお願い致します」 というのだ。

「こりゃあいかん!   早速今の問題を解決してしまわんと、
今度は参謀長一行まで、豊台の駅で河止めみたいな事になってしまう」

私はトントンと階段を駆け上って機関長室に入って行った。

「そうか。宿の方は扶桑館に交渉したらそれでよかろうが、
列車の一件は、こいつちょっとうるさい問題だなあ!

それに時間ももう余りない事だしするから、北寧鉄路局に連絡をとる一方、
どちらに転んでも大丈夫なように、ご苦労だが補佐官一つ、

自動車を二台ばかり用意して豊台駅まで迎えに行って来てくれ。
汽車が順調に出るようだったら補佐官もそれに乗って、一緒に帰って来るがいい」



私は早速吉富機関員に命じ、北寧側との交渉を開始させた。「あとは頼んだぞ!」
私は一声を残して北機第一号車と、軍事顧問用の車一台とで特務機関を出発した。

車が豊台の駅についたのは、六時にはまだ大分間のある時間だった。
霧のような雨がまたモヤモヤと降り始めてきた。

私は駅のすぐ前にある、豊台守備隊を訪れて行った。
軍装物々しい、そしてズブ濡れになった兵隊が、あわただし気に営内を行き来している。

彼等は何れも七日の夜以来、盧溝橋の戦場で善戦健闘したつわもの連なのだ。
私なんかと一緒に死生の巷にさらされてきた戦友なのだ。

なんともいえぬ親しさ、懐かしさがこみ上げてくる。》


つづく
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