盧溝橋事件49 特務機関での交渉2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/23 18:22 投稿番号: [546 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
188〜189p
《「ヤア寺平君ご苦労様です。そこで停戦交渉の件ですがねえ。
軍司令部から天津市長張自忠を介して秦徳純と交渉した結果、
盧溝橋の二十九軍は今日、午前四時を期して撤退させる事に意見がまとまったんです。
これに伴って北京特務機関には、また実地指導の細部をやっていただかなければ
ならなくなりますから、取りあえずお知らせしときます。
タッタいま、張自忠のところから電話がかかって来たばかりなんです」
「そうですか。その事について実はいま、秦徳純の代表として、張允栄が特務機関に来て、
いろいろ相談しているところです。ついでにお尋ねしますが、
撤退の付帯条件として中国側は何とかいっていませんでしたか?
たとえば一部の兵力を城内に残置するとか、
あるいは交代に保安隊を導入するとか、そういったような事は?」
「いいえ。細目なんか何もありませんよ。ただ、午前四時撤退という事をいって来ただけ」
私の傍に立った機関長は 「そうか、無条件で撤退を承認したという事は結構だが、
しかし待てよ。 この交渉は張允栄と張自忠と二筋道からやっている関係か、
一向歩調が合っていないようだな。どうれ。俺が一つ参謀長に直接掛け合ってみよう」
機関長は自ら電話口に立った。そして軍参謀長橋本群少将と通話し始めた。
「……ハア、そうなんです。
張允栄はそれを秦徳純の意図として熱心に申し出ているんです。
それは問題ありませんが、保安隊の方ですねえ。いますぐというわけでもないようです。
ハアそうです。張允栄の面子もありますからなあ。じゃあそういう事にして〜」
その時また軍から電話がかかって来た。航空参謀塚田理喜智中佐からだ。
「さきほど鈴木嘉一少佐から連絡した二十九軍撤退の件ですなあ。
あれが少々変更されましたからお知らせ致します。
その第一項は馮治安の希望によって、午前四時の撤退は実行困難だから、
午前五時に改めてくれというのです。
これは参謀長もその通り認可されましたから訂正しておいて下さい。
第二項は、竜王廟の北方地区に出て来た三十七師の一部ですなあ。
これはその北方、衙門口 (ヤーメンコ一) に撤退させる事になりました。
第三項は、これは日本側としての実行条件ですが、
我が軍は、中国側がこの誓約を確実に実行したならば、
天津方面から盧溝橋に向ってする軍隊の移動、
並びに弾薬類の輸送は、即時これを中止するという事です」
張允栄はそれから間もなく帰って行った。
特務機関と豊台との間では、電話連絡が引ッ切りなしに行なわれた。
電話は軍用線に中継されて、盧溝橋の停車場とも連絡が出来るようになっていた。
今、もう七月九日の午前二時半、いつのころから降り始めたか、
外には雨がシトシトと落ちていた。》
* 一応、これで、「兵の引き離し」 の話はついたようであるが、
複数の方面から行われた交渉で事態がややこしくなる。
日本本土は、これを停戦成立・和平成立と言っているが、
本当の成立は、これからの交渉以後。
つづく
188〜189p
《「ヤア寺平君ご苦労様です。そこで停戦交渉の件ですがねえ。
軍司令部から天津市長張自忠を介して秦徳純と交渉した結果、
盧溝橋の二十九軍は今日、午前四時を期して撤退させる事に意見がまとまったんです。
これに伴って北京特務機関には、また実地指導の細部をやっていただかなければ
ならなくなりますから、取りあえずお知らせしときます。
タッタいま、張自忠のところから電話がかかって来たばかりなんです」
「そうですか。その事について実はいま、秦徳純の代表として、張允栄が特務機関に来て、
いろいろ相談しているところです。ついでにお尋ねしますが、
撤退の付帯条件として中国側は何とかいっていませんでしたか?
たとえば一部の兵力を城内に残置するとか、
あるいは交代に保安隊を導入するとか、そういったような事は?」
「いいえ。細目なんか何もありませんよ。ただ、午前四時撤退という事をいって来ただけ」
私の傍に立った機関長は 「そうか、無条件で撤退を承認したという事は結構だが、
しかし待てよ。 この交渉は張允栄と張自忠と二筋道からやっている関係か、
一向歩調が合っていないようだな。どうれ。俺が一つ参謀長に直接掛け合ってみよう」
機関長は自ら電話口に立った。そして軍参謀長橋本群少将と通話し始めた。
「……ハア、そうなんです。
張允栄はそれを秦徳純の意図として熱心に申し出ているんです。
それは問題ありませんが、保安隊の方ですねえ。いますぐというわけでもないようです。
ハアそうです。張允栄の面子もありますからなあ。じゃあそういう事にして〜」
その時また軍から電話がかかって来た。航空参謀塚田理喜智中佐からだ。
「さきほど鈴木嘉一少佐から連絡した二十九軍撤退の件ですなあ。
あれが少々変更されましたからお知らせ致します。
その第一項は馮治安の希望によって、午前四時の撤退は実行困難だから、
午前五時に改めてくれというのです。
これは参謀長もその通り認可されましたから訂正しておいて下さい。
第二項は、竜王廟の北方地区に出て来た三十七師の一部ですなあ。
これはその北方、衙門口 (ヤーメンコ一) に撤退させる事になりました。
第三項は、これは日本側としての実行条件ですが、
我が軍は、中国側がこの誓約を確実に実行したならば、
天津方面から盧溝橋に向ってする軍隊の移動、
並びに弾薬類の輸送は、即時これを中止するという事です」
張允栄はそれから間もなく帰って行った。
特務機関と豊台との間では、電話連絡が引ッ切りなしに行なわれた。
電話は軍用線に中継されて、盧溝橋の停車場とも連絡が出来るようになっていた。
今、もう七月九日の午前二時半、いつのころから降り始めたか、
外には雨がシトシトと落ちていた。》
* 一応、これで、「兵の引き離し」 の話はついたようであるが、
複数の方面から行われた交渉で事態がややこしくなる。
日本本土は、これを停戦成立・和平成立と言っているが、
本当の成立は、これからの交渉以後。
つづく
これは メッセージ 545 (kireigotowadame さん)への返信です.