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盧溝橋事件48 秦徳純との会談5

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/21 14:47 投稿番号: [544 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
185〜186p

《 二、三十分たつと秦徳純が戻って来た。
腰を下すと左手に煙草、右手でマッチをすりながら、

「いま、会議にかけてきたところなんですが……」
そういって煙草の煙を輪にして吹き上げた。

−   すぐに二の句が続かないところを見ると、
どうも結果はあまり香ばしくなかったな。   −

一座水を打ったように静まり返った。重苦しい沈黙が続く。
彼は再び言葉を続けた。



「あなたのお言葉には少しの無理もありません。私個人としてはもう全然異存なし。
ただ、二十九軍としてこれをお受けするのに、いま少し時間がかかるというわけです。

どんな事があっても、第二案には決してしないつもりです。いまもう零時半ですね。
これからもう一度、最後の会議を開きます。

そしてなんとかして、ただいまの第一案を採択する事に努力致します。
ご返事は、遅くも三時までには差し上げられると思います。

どうぞそれまでお待ちを願います」 彼の態度は極めて友好的でありまた協調的だった。
我々も唯、何とは知らず、目先がボーッと明るくなってきたような感じに包まれた。

「よろしい。一か八かだ。戦争になるか妥協が出来るか、
とにかく和戦何れかのふたが午前三時にはあけられるのですね。

あとは一切を挙げて秦市長にお委せいたします。
特務機関に帰って、楽しんで吉報をお待ちいたしましょう」

「どうぞそうして下さい。三時までには、きっと、
張允栄を私の代表として機関の方に差し向けます」



庭には臨時増設の電燈が煌々と輝いていた。 その下をこの真夜中、
二十九軍の将校が軍装厳 (いか) めしく、あわただしそうに往き来していた。

秦徳純は歩きながらも終始ニコニコして、「本当によろしくお願い致します。
お互いはいつまでも堅く手をつなぎ合って行きましょう」

といって私の手をとった。彼はわざわざ、一番表の門口まで、私達を見送って来た。
そしていった。「夜分遠いところを、ご足労煩わしまして本当に済みませんでした」

私と西田顧問とは、再び市長用第三号単に乗り込んだ。
車は静かに動きはじめた。「挙 (チュイー) 槍 (チャン)!」(捧げ銃!)

来た時とはまるで違った気持で、私達は航空署街を後にした。振り返ってみると、
秦徳純は門燈の下に突っ立ったまま、私達の方に対してまだ手を高くあげて振り絞けていた。



内地ではそのころ、外務省発表の公報として、
「寺平、秦徳純交渉は決裂に瀕し、前線は再び交戦状態に入った」 とか、

「寺平、秦徳純交渉は、未だ一縷の望みは存する。
ただし前線では、依然交戦状態が続けられている模様」

といったニュースが、ラジオや新聞を通じて、巷に流されていた。》


つづく
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