北支五省分治工作2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/06/02 18:29 投稿番号: [461 / 2250]
児島襄著 『日中戦争3』 文春文庫
194〜196p
《だが、そうなると、日本は困る。
これまでの経緯が告げているように、
−
「国民政府の全国統一の未完成」
−
「列国の不干渉」
という、二大要素があったからこそ、満州も管制できたし、
「北支」に緩衝地帯を設ける布告もうつことができた。
幣制改革が成功すれば、その二つの要素は消失する。
そして、「北支」 が経済的、政治的に国民政府のコントロール下に
はいるのであれば、緩衝地帯もまた消失し、さらに 「北支」 に
交易の基礎をおく満州国は、重大な経済的脅威にさらされるであろう。
日本側とくに陸軍は危機を感得したが、いち早く行動したのは、
関東軍と支那駐屯軍である。
「(事態を打開するには) 北支諸省ヲ経済的ニ
南京政府ヨリ分離 セシムルヨリ他ニ、
対策ナキコトハ、アエテ議論ヲ 要セザル所ナリ」
関東軍司令官南次郎大将は、そう参謀総長閑院官載仁元帥に具申し、
支那駐屯軍と協力して、工作をすすめた。
「北支諸省」 は、河北、山東、山西、チャハル、綏遠省をいい、いわゆる
「華北五省ノ分治」 あるいは〝華北独立〟をはかるのが、そのねらいである。
当時のそれら五省の政府主席は、次のとおりであった。
河北省=商震、山東省=韓複腧、チャハル省=蕭振瀛、綏遠省=傳作義、
山西省=徐永昌。だが、この地区の実力者は、いぜんとして旧軍閥将領である
閻錫山 (山西)、宋哲元 (チャハル)、萬福麟 (河北) らとみられ、
日本側は、各省主席はむろんのこと、これら実力者にはとくに入念にはたらきかけた。
また、陸軍の 「北支」 工作は、十一月十八日、陸軍、海軍、外務三省間の
協議で承認され、十一月二十日、駐支大使有吉明は、蒋介石に面会して、
「北支ニアル種ノ自治ヲ許ス」よう、申しいれた。・・・
蒋介石は、有吉大使がいう 「北支自治」 は行政の統一を阻害するので
認められない、と反対した。
*
「蒋介石は・・・認められない、と反対した。」
そりゃ、まー、当然でしょう。
ここだけの動きを見ていると、日本が悪く見えます。
しかし、それ以前の中国側の動きからすると、日本側の反応も理解できます。
一見、正当な幣制改革に見えますが、「中国人には兌換はおこなわない。」とあります。
まともな改革ではなく、あくまでも、満洲国潰しのための政策かと疑えます。
満洲事変前、中国は満鉄潰しのため、利益無視で満鉄平行線を造っていましたから。
つづく
これは メッセージ 460 (kireigotowadame さん)への返信です.
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