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第2次満蒙独立運動8 停戦協定破り

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/05/10 18:40 投稿番号: [437 / 2250]
波多野勝著 『満蒙独立運動』 PHP新書

211〜212p
《大正五年九月一日、パプチャプは全軍を集め、今までの戦闘で死亡した兵士のための
慰霊祭をおこなった。そして翌二日北に向かって郭家店を出発した。

同軍には若月太郎 (予備歩兵大尉) らの率いる宗社党軍、天鬼将軍と呼ばれる
薄益三 (はくますみ) らが率いる馬賊百騎、本隊の三千人、

新たに手に入れた野砲八門、別働隊の千人が長い列をつくっていた。
総勢五千八百人という数になっていた。それを川島がかけつけて見送った。

川島がパブチャプに会った最後の日でもあった

パプチャプ軍は受領した武器・弾薬、そして各地から集結した
日本人の部隊を加えて九月二日帰途についた。

同軍に対しては監視役として日本軍から騎兵中隊が随行、
東遼河の渡河点の新河口集落に入った。


ところが、鄭家屯事件の交渉が決着がつかないうちに、
朝陽坡で張軍が陣地を構築してパプチャプ軍に攻撃をかけて来たのである。

休戦協定違反だった。・・・
パプチャプ軍は本隊が渡河した後、陣容を整えて逆襲を開始した。

この時、日本軍の公主嶺守備隊の一中隊が応援にかけつけ、
状況は逆転し、パプチャプ軍は張軍を追い払った。

・・・
十六日には、パプチャプ軍に随伴していた日本軍の騎兵斥候が、
中国兵の射撃を受けて一人が負傷するという事件も起きた。

ともかく日本軍を巻き込む事件が偶発的にいつ発生しても不思議ではなかった。
政府はこれに気をもむことになった。陸軍では彼らに対し干渉しないこととした。》


213p
《郭家屯を出発して一カ月、あちらこちらを転戦してパプチャプ軍は
ようやく内蒙古に入った。この間にいくつかの戦闘があり・・・

内蒙古の入り口の林西城で再び戦闘が始まった。人数にまさるパブチャプ軍は緒戦で勝利、
これを見たパプチャプが手勢三百人を率いて騎馬で敵陣地に突入した。

その時、機関銃の掃射を受け戦死した。パプチャプは敵防禦陣地の下で戦死、
からだを横たえていた。あっけない幕切れになってしまった。

その後の転戦で参加していた日本人の予備少尉や予備曹長など数人が戦死した。
パプチャプ軍は十二月ようやく内蒙古の故郷にたどりついた。

こうしてパプチャプの戦闘は終わった。》



*   停戦協定破りも中国の伝統です。
   紀元前2百年、項羽と劉邦が覇権を争って闘いました。

   睨み合って埒が開かないので、
   一旦、停戦し両者引揚げて仕切り直しとなりました。

   項羽軍は協定を守って引揚げたのですが、劉邦軍は引揚げず、
   頃合いを見計らって追撃をかけたのです。

   その為、項羽軍は隊列が崩れ滅びました。
   こういう前例があったら誰も停戦協定など守れないでしょう。危ないから。

   盧溝橋事件でも、中国は停戦協定を破りました。

   次は第三次満蒙独立運動です。
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