第2次満蒙独立運動6 戦闘始まる
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/05/08 16:07 投稿番号: [435 / 2250]
日本政府は何とか、挙事を止めさせようとしていましたが、
日本人には圧力を掛けられても、蒙古人のパプチャプは止められません。
波多野勝著 『満蒙独立運動』 PHP新書
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《大連でも交渉が続く中で、パプチャプ軍に呼応した宗社党部隊、
さらにこれを側面から支援するため大連市長の石本蹻太郎に連なるメンバーが
長春、吉林で張作霖軍の一部に工作して蜂起する運動が進行していた。
結局これが不調に終わったことが、かえって強引なテロ活動に彼らを走らせる
ことになった。実働部隊の責任者の一人は長春守備中隊長小林大尉だった。
計画では七月三十一日、ある芸妓が人力車で爆薬を三味線箱に入れて
長春城内に持ち込み、城内三十余力所で爆破させ、
それを合図に入江種矩が七人の抜刀隊を率いて責任者宅を襲撃、
一方で入江が率いる二手に分かれた部隊が侵入する。
かなりの手の込んだ占領計画だったが、実行直前に、公主嶺の独立守備隊
藤井幸槌 (さたつじ) 司令官に小林が呼び出され抑留、中止を勧告された。
長春の山内総領事も入江らに中止を勧告し、ついに蜂起は断念を余儀なくされた。》
日本政府が日本人宗社党メンバーに圧力を掛けて、9分9厘中止に成功
しかけていた時、パプチャプ軍と張作霖軍との間で戦闘が始まりました。
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《大正五 (一九一六) 年七月下旬に始まった戦闘では、
張軍の増援部隊が続々と到着しパプチャプ軍との激戦が一週間も続いた。
七月末満州各地での総決起が遅れると判断したパブチャプは、
おりからの豪雨を利用していったん突泉 (とっせん) に移った。
方向を変えたパプチヤプ軍は、八月十四日郭家店に達した。
一方八月一日ついにパプチャプ軍は郭家店を占領、夜半に蒙軍側から
入江らに参集の来電があったため同地の川島派は同軍に加わるべく移動した。
一方、挙事中止について田中義一次長にとって頭痛の種は、
郭家店のパプチャプ軍に合流した宗社党の始末だった。
パプチャプ軍は 「運動快速」 だが、その動きを鈍らせているのは日本人が
参加している宗社党軍で、掠奪暴行もあるため、
これが「張作霖に口実を与へ、日本軍に煩累を掛け、蒙古兵を難境に陥」 らせて
いると断定、ともかく宗社党軍を分離させて
「彼等を適当に処置して将来に禍根を残さざる」 ことが必要だった。
しかし、これで挙事中止が撤回されるわけではない。
川島派や石本派の中には、割腹すべしとか、領事と差し違えるとか、
暴徒にまぎれて領事館に爆弾を投げようといった不穏な空気が満ちていた。》
つづく
これは メッセージ 434 (kireigotowadame さん)への返信です.
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