辛亥独立変乱時の虐殺事件
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/04/18 15:54 投稿番号: [413 / 2250]
これは満蒙独立運動からは外れますが、元々、
中国の残虐を示すために書き始めた事ですから、本筋の虐殺事件を挿入しましょう。
辛亥独立の変乱の時にも南京事件はありました。
これを第一次にしようかと思ったのですが
一般には、昭和二年が第一次として有名ですので、それに合わせました。
波多野勝著 『満蒙独立運動』 PHP新書 105p
《(大正2年・1913年) 袁世凱率いる北軍が勝利を続けていく中で
続けざまに三つの事件が発生した。
第一は
八月五日
川崎亨大尉が南軍のスパイとして監禁されたエン州事件、
第二は、八月十一日
中清派遣隊のある少尉が警戒線内に入り
暴行を受けたという漢口事件、
第三は、九月二日
北軍が南京に進駐して日本人数名が混乱の中で
殺害された南京事件である。》
黄文雄著 『満州国の遺産』 光文社 154p
《1911年の辛亥革命後、世界を驚かせた出来事がある。
西安革命軍が満洲人にたいして大虐殺を行ったのである。
漢民族による満洲人の射殺、惨殺、火炙り、婦女暴行が一週間も続き、
二、三万人が虐殺された。(レー 『満州国出現の合理性』、194ページ)。
孫文の民族革命のスローガン 「駆逐韃虜」 が暴走したのだ。
満州人の国であった清が滅びた後、満州人はどこへ行ってしまったのだろうか。
推測するに、彼らは漢民族の大海に消えたというよりも、民族名を隠して
ひっそりと暮らし、満州人と名乗らなかっただけであろう。
あえて名乗り出たのは、満州再興を唱えた宗社党だけではないか。》
註:
レーとは「G・ブロンソン・レー」と言う人の事
「宗社党」は次の次辺りから頻繁に出て来ますので、その時わかります。
次からは満蒙独立運動の本筋に入ります。
これは メッセージ 411 (kireigotowadame さん)への返信です.
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