入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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第一次南京事件6蘇州3

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/03/13 16:16 投稿番号: [373 / 2250]
『もう一つの南京事件・日本人遭難者の記録』 田中秀雄編集・解説   芙蓉書房
57〜59p


  引揚失敗と邦人監禁

《そこにあわただしく駆け込んだのは領事館雇いの前川氏だ。
そして今領事館では領事館の巡捕のために武器も何も取り上げられ、

皆は一室に監禁されたので、自分はかねて勝手を心得ているので
窓の錠を外し脱出して注進に及んだという話。

一同はただ呆然として途方に暮れてしまった。しかしこのままでは一刻もおれぬので
互いに相励まし、荷物の一部は廠内に入れ一部は近くの岡田氏の所に運び込んだ。

それが三時過ぎであった。そして密かに様子を見ていると
同氏邸前に最初二三人の男工だけだったが、

漸次に女工も加わって四五十人となり、日本人を叩き殺せと喚きながらガラス窓を開け、
火をつけた蝋燭を突っ込んで見回している。


その中に一同のいるのを認めたのか戸を押し破って入ろうとする。
一同はそこを退いて奥の糀(こうじ) 室に隠れた。

すると遂に扉を破って闖入した彼らは家宅捜索を始め、
糀室の前まで迫って来て一尺平方位の明り窓を打ち破って火を突っ込んだ。

同時にピストルが閃く。覚えず顔見合した一同は一語を発する者もない。
やがてピストルも火も引っ込ませたが、今度は外の戸を釘付けにしている。

これはたまらぬ、釘付けにした上に火を放けられたら大変だというので、
どうせ殺されるようならその覚悟でここを突破しようと言うことに一決し、

まずその前に嘆願的に救出の事を頼んで見ることにした。
そこに思いがけなくも救いの手が現われた。それは租界外の居住者政次氏である。


同氏は領事館差し回しの曳船に荷物を積み込み、
午前二時までに租界の船着場に集合するはずのところ、

小蒸気船の機関は何者のためにか破壊され動かなくなり、
やむなく自分で櫓(ろ) を押して来たとのこと。

これで小蒸気船が待てども待てども来なかった理由もハッキリしたと同時に、
同氏から支那人を説得してもらって無事に出ることができた。

ところが一難去ってまた一難、
当日から瑞豊工廠内の日本人は皆糾察隊のために監禁されてしまった。


この糾察隊は革命軍入城後直ちに組織されたもので、
工場内の男工は残らず毎日軍隊教練をやる。

彼らの武器である六尺棒は総工会から強要して絲廠に調整さしたもので、
最初二尺位のものを作ってやると、これではだめだから背丈より長くしろと言う。

やむなく杉木で作ると堅木にしろと言う。在留邦人は自分どもで
拵 (こしら) えてやった六尺棒で自分どもが引っぱたかれることになったのである。

十日の未明には邦人一同既に寝室に入ったまま監禁の形に置かれた。
六尺棒が張番しているのだ。夜が明けると一番に瑞豊工会長の汪が来た。

続いて押し寄せた大勢の職工はまず電話機を破壊し、次いで暴動にかかった。
手当たり次第に器物を毀す、目ぼしい物は持ち去る。


時の間に各室とも惨憺たる有様となった。
邦人が最初本式に監禁されたのは寄宿舎であったが、

ここで職工らは三ヶ年分の給料前払いを要求してきた。
いわゆる人質を押えておいての難題だ。

網野廠長は彼らのために領事館に引き行かれそのまま領事館に監禁されてしまった。
十日夕刻には総工会執行委員長夏偉烈なる者が来て、邦人を呼び出し厳重な身体検査をした。

ピストルこそ突きつけなかったがまったくの脅迫だ。いかんとも仕様がないので
彼らの為すがままに任せていると、検査済みの者は一人一人事務所の二階に押し上げる。

女子だけは舎宅に置こうとしたので万一の危難を恐れ、窓を突き破り二階に飛び
上がってきた。それで男女二十三名がそこに監禁されることになった。

その晩は七人の女だけを畳の上に寝かし男子は皆板の間に古新聞を敷いて休んだ。
その後十五日までの四日間はご飯はくれる、用便にも出してくれたが

その都度六尺棒がついている、まったくの囚人だ。

つづく
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