1月25日 ラーベの日記
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/01/26 18:44 投稿番号: [325 / 2250]
一月二十五日
外交部に設けられた病院で働く中国人の男女二人の看護人が、
マギーに連れられて本部へやって来た。
病院で働いていた苦力が一人、日本兵に刺し殺されたのだ。
我々はくわしい事情を聞き、極秘文書に記録した。
それと同時に、どうやらひどい状態らしい軍政部の病院について、
何人かに報告してもらうことにした。
我々が届けを出さなかった事件の一つにこういうのがある。
ある中国人が日本人のために一日中働き、お金の代わりに米をもらった。
疲れきって家族とともに食卓に着くと、テーブルには妻が今さっき置いたばかりの
鉢がのっており、おかゆがすこし入っていた。
これが一家六人の夕食だった。そこへ通りかかった日本兵が面白がってその鉢に放尿し、
笑いながら立ち去った。彼は何の罰も受けずに済んでしまった。
この話を聞いたとき、『奴隷となるよりは死を』 という
リリーエンクローンの詩が思いうかんだ。
だが中国人たちにあの自由人、リリーエンクローンのまねをしろと
いったところでどだい無理な話だ。
これでもかとばかりに踏みつけにされ、中国人はもう長いこと
ひたすら苛酷な運命に甘んじてきたのだ。
前にも言ったように、これなどほとんど気にもとめられないほどの小さな出来事なのだ。
もし強姦した人間が残らず仕返しに殴り殺されたら、日本軍はすでに全滅していることだろう。
ドイツ大使館を通じて、たった今妻のドーラから手紙を受け取った。
「いまならすぐに休暇でドイツへ帰れます。
いま逃げださないと、あと五年、待つことになりますよ」。
まあ、そこまでひどくなることはもうないと思うが。
三月一日までここに残ってもいいと会社がいってくれるかどうか、
とりあえず待つことにしよう。
もっともそのときになってもまだ片づいていないかもしれないが。
私としては、休暇は歓迎だ。
実際のところ、いま中国にはいいかげん嫌気がさしている。
けれど、だからといって逃げだすわけにはいかないのだ!
二十二時十分
ラジオ上海によると、クレーガーが日曜日の晩、一月二十三日に、
屋根のない列車に十二時間揺られた末、無事に上海に到着したそうだ。
* 「食卓に着くと、・・・鉢がのっており、おかゆがすこし・・・
これが一家六人の夕食だった。そこへ通りかかった日本兵が面白がって
その鉢に放尿し、笑いながら立ち去った。」
かつて清国の官憲は、宣教師たちに、中国人の訴えを信用するなと言ったが、
まさに、これは、それに相当するだろう。
《教士(宣教師) は性直にして、詭譎 (あやしげ) な情形を知らず、教民が
実在(じっさい) にいじめられたと思って、遂に地方官と難を為す。
そのじつ、ひとたび対質 (といただし) を経れば、事みな虚無なり》
食事は家の中、日本兵が外を通っていても、食事中かどうかわからない。
一軒一軒入って、調べるわけがない。
ましてや、放尿など、その時、出るとは限らないだろう。
届け出を出さなかったのは、ラーベ達も確証がなかったのでは。
ラーベ達も、中国人の訴えを、少しは怪しみ出したのかも知れない。
外交部に設けられた病院で働く中国人の男女二人の看護人が、
マギーに連れられて本部へやって来た。
病院で働いていた苦力が一人、日本兵に刺し殺されたのだ。
我々はくわしい事情を聞き、極秘文書に記録した。
それと同時に、どうやらひどい状態らしい軍政部の病院について、
何人かに報告してもらうことにした。
我々が届けを出さなかった事件の一つにこういうのがある。
ある中国人が日本人のために一日中働き、お金の代わりに米をもらった。
疲れきって家族とともに食卓に着くと、テーブルには妻が今さっき置いたばかりの
鉢がのっており、おかゆがすこし入っていた。
これが一家六人の夕食だった。そこへ通りかかった日本兵が面白がってその鉢に放尿し、
笑いながら立ち去った。彼は何の罰も受けずに済んでしまった。
この話を聞いたとき、『奴隷となるよりは死を』 という
リリーエンクローンの詩が思いうかんだ。
だが中国人たちにあの自由人、リリーエンクローンのまねをしろと
いったところでどだい無理な話だ。
これでもかとばかりに踏みつけにされ、中国人はもう長いこと
ひたすら苛酷な運命に甘んじてきたのだ。
前にも言ったように、これなどほとんど気にもとめられないほどの小さな出来事なのだ。
もし強姦した人間が残らず仕返しに殴り殺されたら、日本軍はすでに全滅していることだろう。
ドイツ大使館を通じて、たった今妻のドーラから手紙を受け取った。
「いまならすぐに休暇でドイツへ帰れます。
いま逃げださないと、あと五年、待つことになりますよ」。
まあ、そこまでひどくなることはもうないと思うが。
三月一日までここに残ってもいいと会社がいってくれるかどうか、
とりあえず待つことにしよう。
もっともそのときになってもまだ片づいていないかもしれないが。
私としては、休暇は歓迎だ。
実際のところ、いま中国にはいいかげん嫌気がさしている。
けれど、だからといって逃げだすわけにはいかないのだ!
二十二時十分
ラジオ上海によると、クレーガーが日曜日の晩、一月二十三日に、
屋根のない列車に十二時間揺られた末、無事に上海に到着したそうだ。
* 「食卓に着くと、・・・鉢がのっており、おかゆがすこし・・・
これが一家六人の夕食だった。そこへ通りかかった日本兵が面白がって
その鉢に放尿し、笑いながら立ち去った。」
かつて清国の官憲は、宣教師たちに、中国人の訴えを信用するなと言ったが、
まさに、これは、それに相当するだろう。
《教士(宣教師) は性直にして、詭譎 (あやしげ) な情形を知らず、教民が
実在(じっさい) にいじめられたと思って、遂に地方官と難を為す。
そのじつ、ひとたび対質 (といただし) を経れば、事みな虚無なり》
食事は家の中、日本兵が外を通っていても、食事中かどうかわからない。
一軒一軒入って、調べるわけがない。
ましてや、放尿など、その時、出るとは限らないだろう。
届け出を出さなかったのは、ラーベ達も確証がなかったのでは。
ラーベ達も、中国人の訴えを、少しは怪しみ出したのかも知れない。
これは メッセージ 321 (kireigotowadame さん)への返信です.