入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1月24日 洗濯婦集めと買春の混同2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/01/25 18:49 投稿番号: [324 / 2250]
松村俊夫著『「南京虐殺」への大疑問』181〜182p

四、高玉は、大学や安全区の保護徹底のために日夜努力しているのに、
   その行動について悪意ある攻撃が出たので、ひどく傷ついている。

五、安全区の悪意ある中国人による反日的な捏造の話を信じないように注意すべきこと。

六、あらかじめ、様々な礼儀正しさや保証が必要だということ。


この内容をよく読めば、一月八日、十日の事件と、一月二十四日の出来事とを同列に考えて、
小粉橋三八号と小粉橋三二号とを混同していたベイツの誤解がよく理解できると思う。

この後にアリソン事件が起きた。ベイツの訴状は一旦中断して二月二十二日に再開するが、
前記一連の手紙から浮かんでくることがある。そのキーワードが 「洗濯女」 である。


一月三日、日本兵の医療部隊に連行された五人の女性が洗濯女にさせられ、
夜は売春婦になることを強要されたと、怪我をした女性が訴えた。

一月八日には、日本大使館から荷物を持って出てきた洗濯女が難民のいる大学に戻って
きた話があった。そしてここに、高玉が洗濯女を連れていったとの言葉が出てきた。

現代と違って、重労働を伴う大量の洗濯は、金のために雇われて働く女性の仕事の一つだった。
ヨーロッパにも洗濯女の話は多い。

フランス革命の折、幽閉されていたマリーアントワネットの部屋に出入り
できたのも洗濯女だった。

日本軍が、将校などの洗濯物の始末などのために、難民所の女性のなかから
希望者を募ったことは、もちろん非難されるべきことではない。

それは、終戦後の日本の言葉でいえば 「メイドさん」 である。彼女たちは
米軍宿舎や将校の家で働き、そのなかには売春まがいのことをする者もあったろう。

それは、支那の女性とて同じだったと思う。日本兵に首を傷つけられたという先の女性も、
誰が傷つけたのか、その原因が何であったのかを知る者は当人しかいないが、

「四十歳」くらいの洗濯女の一人だった。


ただ、日本軍の洗濯女の集め方が、アメリカ人から見ると強制的で、
いかがわしいように映ったこともまた否定できない。

もし難民のなかから希望者を募るときに、管理者を自負している国際委員会を
通すなりして、常に彼らと協議すればよかったのかもしれない。

しかし、もはやそれをするには遅過ぎた。

日本軍は国際委員会を、日本軍を中傷誹謗する集団としてしか見ていなかったし、
国際委員会もまったく日本軍を信用していなかったからである。

難民劉文彬は、恐らく日本軍の説明を聞き、
洗濯女の実態を知って協力するようになったのではないかと考えられる。

しかしベイツは当初、彼を「立派な仕事をしている青年」と賞讃していたにもかかわらず、
掌を返すように、日本軍に協力する 「ゴロツキ」 と表現するようになった。

このような日本軍と国際委員会との亀裂を巧みに衝いて、
支那側ゲリラの活動する余地ができたのである。

いわば 「正式」 な洗濯女探しは正門から入り、ゲリラ達は塀を乗り越えて入った。

この事情がわかってくると、ベイツらの多くの手紙の内容の真の意味が、
まことに明確になってくる。それがこの問題の結論である。》


*   こういう背景があって、ラーベ達は、高玉の洗濯女集めを
   売春婦集めと思ったようです。
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