入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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敵前上陸

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/05/26 18:49 投稿番号: [29 / 2250]
その様子は、児島襄著『日中戦争4』84pでは

《上海では、いぜんとして激戦がつづいていた。

  兵力の少ない海軍陸戦隊は、文字どおりに不眠不休の防戦を強制されて苦戦したが、
その戦いぶりはすさまじく、包囲して攻撃をくり返す中国軍・第九集団軍は攻めあぐんだ。

  上海派遣軍の第三、第十一師団の先遣隊が軍艦で到着したのは、八月二十二日である。
  第三師団は、呉淞鎮に、第十一師団はその西北約十五キロの川沙鎮に上陸する。

呉淞鎮の場合、これまでに上海に増派されていた   竹下宜豊少佐指揮の横須賀鎮守府第一特別陸戦隊約五百人と

第三師団派出の歩兵一個中隊と機銃、工兵各一個小隊、計約六百七十人が、
事前に呉淞港岸壁を占領して、上陸部隊を援護することになっていた。

竹下部隊は、糧食二日ぶんを持ち、白タスキをかけ、合言葉を第三師団の原駐地にちなんだ
「尾張」「名古屋」にきめ、輸送船三隻に分乗して、八月二十三日午前零時三十分、上海埠頭を出発した。

竹下部隊は、午前三時十五分、護衛駆逐艦の援護砲撃ののちに輸送船を岸壁に横付けして上陸し、》

とあり、


阿羅健一著『日中戦争はドイツが仕組んだ』98〜99pには

《江岸には水際鉄条網、岸壁には地雷と竹矢来。その上、岸壁に積んだ土嚢と、
構内にある建物と、軍工路の先の塹壕の陰で、中国軍が日本軍を待ちうけていた。

  輸送船が接岸すると同時に、中国軍の機関銃が集中し、上陸する前から犠牲者が続出した。
軍工路の先、上流の水産学校、下流の呉淞砲台からは砲撃も来る。

  接岸と同時に特別陸戦隊と岐阜第六十八連隊第五中隊が上陸する。
竹下宜豊少佐が指揮する横須賀鎮守府第一特別陸戦隊は約五百人、

岐阜第六十八連隊第五中隊は機銃、工兵各一個小隊とで約百六十人、合わせて約六百七十人。
・・・
上陸すると、地雷が日本軍の進撃を阻んだ。

  発光弾が打ち上げられ、砲弾が炸裂するたびに、日本軍が暗闇に浮かびあがって中国軍にその姿をさらけだす。そこに中国軍からの銃弾が集中する。
・・・

  日本の駆逐艦も水産学校や呉淞砲台に向け照射砲撃し、一帯は双方の銃砲撃で騒然となり、轟音は止むことなく響いた。

  陸戦隊は左翼、第五中隊は右翼となって進んだ。日本軍が銃剣を手に斬りこむと、
中国軍は手榴弾で応じた。・・・   白兵戦は、さらに二時間以上も続いた。

中国軍も、一つの散兵壕で十数人全員が枕を並べて戦死するほど果敢に戦った。
  午前五時四十分、とうとう上陸掩護部隊は鉄道桟橋を確保した。》

とあります。


  竹下部隊は29名の戦死者と35名の負傷者を出し、午後上海へ引き上げました。
( 北博昭著『日中開戦』60〜61p )


なお、川沙鎮の上陸に際しては、中国軍機による襲撃をうけています。

23日09:35   敵機6機が来襲したが被害はなかった。(海軍戦史叢書366p)
23日は川沙口泊地に敵機の来襲三回あり。(海軍戦史叢書367p)


そして、この日、中国軍機は、またも上海市街を爆撃しました。

8月23日、支那軍機、国際租界を空爆。一つはハミルトンホテルの裏に、
一つは、シンシア・コーズ・エンポリウムの上に落ちて死者215名、負傷者558名を出した。
  ( 東中野修道著『南京大虐殺の徹底検証』334p )

中国の飛行機は国際租界を爆撃し、この時にはシンシアデパートとウィンオンデパートに被害を与えた。
  ( K・カール・カワカミ著『シナ大陸の真相』255〜256p )

とあります。

そして、その惨状の写真は、毎日新聞社刊『不許可写真1 』の10頁にあります。
( 注: シンシア=先施公司、ウィンオン=永安公司 )
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