12月25日 ラーベの日記
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/11/19 18:31 投稿番号: [249 / 2250]
十二月二十五日
・・・
クレーガーとシュペアリングは平倉巷のアメリカ人の家へ向かった。
そこのクリスマスディナーに招待されていたのだ。が、私は家を空けられない。
六百二人の難民を保護者なしでおいていくわけにはいかない。
ただ、仲間がとちゅうでしばらく交代してくれることになっていた。
そうすれば私もアメリカ人の同志たちとしばし楽しい時が過ごせる。
入れちがいに、福井氏がやってきた。
目下この人が日本大使館で一番上のポストにいる。高玉氏もいっしょだ。
・・・
日本人はとても花が好きだ。わが家の難民のために、この人たちとある程度
親しくなっておきたい。なにしろ発言権があるからだ。
・・・
ミルズがきて、見張りを交代してくれたので、私はアメリカ人の家へと車を走らせた。
果てしない闇、死体だらけの道を。もう十二日間も野ざらしになっている。
仲間たちはひっそりと座っていた。みな物思いに沈んでいる。ツリーはない。
ただ暖炉の赤い小さな旗に、使用人たちのせめてもの心づかいが感じられた。
私たちは難民登録というさしせまった問題について話し合った。心配でたまらない。
難民は一人残らず登録して 「良民証」 を受けとらなければならないということだった。
しかもそれを十日間で終わらせるという。そうはいっても、
二十万人もいるのだから大変だ。早くも、悲惨な情報が次々と寄せられている。
登録のとき、健康で屈強な男たちが大ぜいよりわけられたのだ。
行き着く先は強制労働か、処刑だ。
若い娘も選別された。兵隊用の大がかりな売春宿をつくろうというのだ。
そういう情け容赦ない仕打ちを聞かされると、クリスマス気分などふきとんでしまう。
半時間ほどして、また悪臭ふんぷんたる道を戻る。
だが私の小さな収容所には平和とやすらぎがあった。
見張りが十二人、交代で壁づたいに歩き回り、ときどきささやきあっている。
眠っている仲間を起こさないよう、ちょっとした合図をしたり、
とぎれとぎれの言葉をかわすだけだ。ミルズは家に帰った。私もやっと眠れる。
いつものように、そのまま飛び出せるかっこうだが。
日本兵が入ってきたら、すぐに放り出さなければならない。
だがありがたいことに、今晩は平穏無事だった。苦しそうな息づかいや
いびきがほうぼうから聞こえてきて、なかなか寝つかれなかった。合間には病人の咳。
これは メッセージ 248 (kireigotowadame さん)への返信です.
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