1938年1月14日 ベイツの報告
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2013/01/24 18:54 投稿番号: [2200 / 2250]
松村俊夫著
『「南京虐殺」
への大疑問』
展転社 164p
《 南京アメリカ大使館員のアリソン宛に、ベイツから一月十四日付で出された手紙がある。
〈 昨夜四人の日本人が金陵大学付属中学校の教室へ入ってきました。
彼らの行動の詳細は十分には分かりません。
というのはしかるべき目撃者が脅えきっているためです。
とにかく彼らは一人の少女を連れ去りました。
それらの日本人たちは憲兵で、少なくともその一部は、
中学校の門に配備された衛兵たちでした。
彼らは中国人の布靴を履き、一部に中国服を着ていました。
(中略)
この手紙の執筆は、漢口路一九号のアメリカ人の家から
(家にはアメリカ国旗が掲げられ、アメリカ側と日本側の布告文が門に貼ってあります)
憲兵
(特務機関から支給された憲兵の腕章をしている兵隊)
を
追い出すために三〇分間中断されました。
その憲兵は塀を越えて入り、大学教師と大学病院のブラディ
(Brady)
博士の
個人的財産を略奪しようと、一時間にわたって物色しまわっていたのです。
その家は、上記の
(引用者註・小粉橋三二号)
日本軍の地区事務所から
およそ二五〇ヤード
(約二二九メートルのところにあります。)〉
(①155〜156頁)
一連の事件を支那人が起こしているとの噂に対して
「馬鹿か狂人」
と
表現した外国人グループのリーダー格だったベイツは、
ここに書かれている犯人達の服装を、
支那人に変装した日本兵のものと断定してはばからない。》
注:
①は青木書店刊『南京事件資料集』のアメリカ関係資料編
*
中国人の布靴を履き、中国服を着ているのを目撃しながら、
ベイツは、飽くまでも、犯人を日本軍にしなければ、気が済まないようです。
尤も、彼も、後に真相に気づくようになりますが。
167p
《 三月二十一日、ベイツからティンパレーに出した手紙の中に次のような一節がある。
資料名
「E八八 − 一〇〇」
についての注意である。
〈もし、その資料を使う場合は、小粉橋三八号の贋憲兵の話に注意してください。
彼らは、たびたび私たちを困らせました。
アリソンやリッグズに平手打ちを食わせたのも贋憲兵の仕業です。・・・〉》
これは メッセージ 2198 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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