1938年1月4日 ニューヨーク・タイムズ
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2013/01/02 15:43 投稿番号: [2154 / 2250]
ラーベ達が日本軍の犯罪と決めつけていた事が、実はそうではなく、
中国兵の犯罪で有った事が判明した。
東中野修道著 『南京大虐殺の徹底検証』 275〜276p
〈一九三八年一月三日上海発の 『ニューヨーク・タイムズ』 の記事
(一月四日付) である。
「元支那軍将校が避難民のなかに − 大佐一味が白状、南京の犯罪を日本軍のせいに」
と題する記事は、次のように言う。以下は全訳である。
《 南京の金陵女子大学に、
避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは、
逃亡中の大佐一名とその部下の将校六名を匿 (かくま) っていたことを発見し、
心底から当惑した。 実のところ教授たちは、この大佐を
避難民キャンプで二番目に権力ある地位につけていたのである。
この将校たちは、支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、
それから女子大の建物に住んでいて発見された。
彼らは大学の建物の中に、ライフル六丁とピストル五丁、
砲台からはずした機関銃一丁に、弾薬をも隠していたが、
それを日本軍の捜索隊に発見されて、自分たちのものであると自白した。
この元将校たちは、南京で掠奪したことと、
ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、
その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことを、
アメリカ人たちや他の外国人たちのいる前で自白した。
この元将校たちは逮捕された。
戒厳令に照らして罰せられ、恐らく処刑されるであろう。》
南京安全地帯は中立地帯であった。
そこに、ベイツやスマイスなどアメリカ人教授が支那軍将校を匿っていたのである。
これは重大な中立違反であった。
その上、あろうことか、 〈市民に変装した現役の将校たち〉 が
掠奪や強姦を重ねては、日本軍の犯行にしていた。
アメリカ人教授が 「心底から当惑」 したのも当然であったろう。
しかも、彼らの十号文書 (十二月十八日付) は、安全地帯に支
那兵は一人もいないと保証していたのであった。
しかし、この安全地帯で生じた重大な出来事が、不思議なことに、
『南京安全地帯の記録』 には収録されていない。
日本軍告発という目的に、合致しなかったからであろう。
しかも、これは氷山の一角に過ぎなかった。〉
* 別に驚くに当らないでしょう。
東中野がどうとか、日本軍の発表だ、とか言う以前の問題です。
ラーベも金を貰って、龍上校と周上校を匿いました。
「1900 12月12日のラーベの日記 2」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552022058&tid=ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfb faj5doc0a47a4dea47a4ga4a6&sid=552022058&mid=1900
そして、中国軍は安全区を基地にし、
ラーベ達の要請にもかかわらず、撤去しませんでしたから、
彼らが武器を持っていても、何の不思議もありません。
中国兵の犯罪で有った事が判明した。
東中野修道著 『南京大虐殺の徹底検証』 275〜276p
〈一九三八年一月三日上海発の 『ニューヨーク・タイムズ』 の記事
(一月四日付) である。
「元支那軍将校が避難民のなかに − 大佐一味が白状、南京の犯罪を日本軍のせいに」
と題する記事は、次のように言う。以下は全訳である。
《 南京の金陵女子大学に、
避難民救助委員会の外国人委員として残留しているアメリカ人教授たちは、
逃亡中の大佐一名とその部下の将校六名を匿 (かくま) っていたことを発見し、
心底から当惑した。 実のところ教授たちは、この大佐を
避難民キャンプで二番目に権力ある地位につけていたのである。
この将校たちは、支那軍が南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、
それから女子大の建物に住んでいて発見された。
彼らは大学の建物の中に、ライフル六丁とピストル五丁、
砲台からはずした機関銃一丁に、弾薬をも隠していたが、
それを日本軍の捜索隊に発見されて、自分たちのものであると自白した。
この元将校たちは、南京で掠奪したことと、
ある晩などは避難民キャンプから少女たちを暗闇に引きずり込んで、
その翌日には日本兵が襲ったふうにしたことを、
アメリカ人たちや他の外国人たちのいる前で自白した。
この元将校たちは逮捕された。
戒厳令に照らして罰せられ、恐らく処刑されるであろう。》
南京安全地帯は中立地帯であった。
そこに、ベイツやスマイスなどアメリカ人教授が支那軍将校を匿っていたのである。
これは重大な中立違反であった。
その上、あろうことか、 〈市民に変装した現役の将校たち〉 が
掠奪や強姦を重ねては、日本軍の犯行にしていた。
アメリカ人教授が 「心底から当惑」 したのも当然であったろう。
しかも、彼らの十号文書 (十二月十八日付) は、安全地帯に支
那兵は一人もいないと保証していたのであった。
しかし、この安全地帯で生じた重大な出来事が、不思議なことに、
『南京安全地帯の記録』 には収録されていない。
日本軍告発という目的に、合致しなかったからであろう。
しかも、これは氷山の一角に過ぎなかった。〉
* 別に驚くに当らないでしょう。
東中野がどうとか、日本軍の発表だ、とか言う以前の問題です。
ラーベも金を貰って、龍上校と周上校を匿いました。
「1900 12月12日のラーベの日記 2」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552022058&tid=ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfb faj5doc0a47a4dea47a4ga4a6&sid=552022058&mid=1900
そして、中国軍は安全区を基地にし、
ラーベ達の要請にもかかわらず、撤去しませんでしたから、
彼らが武器を持っていても、何の不思議もありません。
これは メッセージ 2121 (kir**gotowa**me さん)への返信です.