入って中国人に南京事件真相議論しましょう

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

1939年8月 ノモンハン事件42 最後の攻勢

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/12/29 15:24 投稿番号: [2146 / 2250]
辻正信著   「ノモンハン秘史」   毎日ワンズ
220〜223p


《 敵の八月攻勢は空前の規模を以て火蓋を切ったのである。

第二課の情報判断で、八月十四、五日頃敵の攻勢があることは、

十分予期していたのであるが、その規模及び兵力は全く不明であった。

まさかあのような大兵力を、外蒙の草原に展開できるものとは夢にも思わなかった。



第二十三師団の陣地を固め、戦力を補充し、重砲と第七師団の一連隊を増強すれば、

十分対抗できるものと信じていたのである。

作戦参謀としての判断に誤りがあったことは、何としても不明の致すところ、

この不明のために散った数千の英霊に対しては、何とも申し訳ない。



敵は八月九日から十日にわたり、川又方面からホルステン河両岸地区の

我が陣地正面に、有力な歩砲兵戦車を以て逆襲し来たり、

我が軍はこれを陣前に迎撃して破摧   (はさい)   し、

敵は約五百の屍体を棄てて退却し、我が方の損害は六十名内外だった。

陣地による戦闘の利益を初めて感じ、自信を以て守備に任じた。

ただしこれは八月攻勢の規模としては余りに小で、

たぶん前哨的偵察戦であろうと判断した。



  八月二十一日朝、次の電報を受領した。

軍参謀長                   第二十三師団長


一、本朝来敵の戦勢頓   (とみ)   に活気を呈し殆んど全正面に亘る戦場に転移せり。

二、ホンジンガンガの北警備軍正面に於ては敵は

   歩、騎兵約千、戦車五十、砲十数門の展開を終り十二時攻撃前進し、

   更に主力を以てガロートコ   (将軍廟西方約四里)   に於て渡河を実施せり。


すなわち師団の最右翼たる満軍騎兵は鎧袖一触されて敗退し、

敵は外翼より将軍廟方面に進出を企図しているようである。



次いで第六軍司令官より、次のような電報を受領した。

  軍司令官宛                   第六軍司令官


   二十日以来の戦況より判断するに第二十三師団正面に現出せる敵の第一線兵力は

   少くも狙撃二師団及機械化部隊にして、

   目下に於ける重点はホルステン河南方地区にあるものの如し。



最右翼を突被せられた前線から、いまやまた最左翼ホルステン河南方に、

敵の重点があるとの報告に接したのである。

これはまさしく全面攻勢である。我が両翼を包囲しようとする敵の兵力は、

到底二師団程度ではなかろう。

第二線兵団を加えると、三〜四師団に達するであろう。

従来の戦況より判断すると、戦車は少なくも四〜五旅団を超える。



第二課の判断は、狙撃二ないし三師団、戦車二ないし三旅団であったが、

現実においては、まさに二倍の兵力と見做さねばならぬ。》



(この後の戦闘は長くなりますので、途中を省略します。)
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)