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1939年8月 ノモンハン事件41 第六軍の新設

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/12/26 18:45 投稿番号: [2140 / 2250]
辻正信著   「ノモンハン秘史」   毎日ワンズ
218〜220p


《 八月十日、第六軍の編成が命ぜられた。

全満を指揮する関東軍が、いまや西正面の一角に全神経を集中し、

ともすれば全軍の統帥を誤りそうに見える。

第二十三師団長が、全戦場を自ら指揮することは到底その任ではない。

新しい軍の陣容は次の通りであった。



軍司令官   陸軍中将   荻洲立兵

軍参謀長   陸軍少将   藤本鉄熊

高級参謀   陸軍大佐   浜田寿栄雄

作戦主任   陸軍少佐   平井重文

後方主任   同      岩越紳六

情報主任   同      某



荻洲中将はシナ戦線で第十三師団長として戦い、徐州会戦に経験があり、

藤本参謀長は航空出身の逸材であった。

第二十三師団が五月中旬以来、新編の弱体を以て困難な戦場統帥に当たったので、

軍参謀は植田将軍の意志により、

絶えず戦場に交互に出張して師団の戦闘を援助してきたが、

すでに第六軍が編成された以上、関東軍としてはその地位を尊重し、

干渉がましい態度に出ないよう注意を払い、もっぱら連絡の任務に限定された。



八月十三日、新軍司令官は戦場に進出し、将軍廟に司令部を置いて、

次のような報告第一号を打電してきた。


  関東軍司令官宛                 第六軍司令官

一、小職 本十三日戦闘を視察す。将兵志気極めて旺盛なり。

二、敵は連日小規模ながら出撃し、特に砲撃及飛行機による対地攻撃を反復しあり。

三、軍は局部的反撃を避け速に築城及冬営準備を完成し、

   以て其後に於ける攻勢の弾撥力を培養せんとす。



未だ戦場に不慣れの新設軍司令部を以て、

この困難な戦場の指揮に当たらせることは、何としても気の毒である。

勝ち誇った戦場ならばともかく、破れそうな茅屋を、雨漏りのままで

譲ることに限りない責任を感じたのは植田将軍以下全員の気持ちであった。



事件が起きてから、参謀本部の直接責任者たる次長が

まだ一度も満州に来ないことは、不快なことである。

「関東軍は内外二正面作戦をしている」   とまで漏らさざるを得ない状態にあった。

事件が起こってから、第一部長と有末、谷川中佐、島村少佐が、

一、二日出張しただけで、次長も、作戦課長も全く姿を見せない。

植田軍司令官からたびたび次長の来満を希望したものの、ついに拒絶された。》
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