1937年12月28日 ラーベの日記3
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/12/23 15:18 投稿番号: [2133 / 2250]
《 岡少佐は、トラウトマン大使から私たちのことを頼まれているそうで、
次のように言った。
今南京にいるドイツ人は全部で五人だが、いっしょに暮らしてもらえないか。
そうすればこちらとしても保護しやすい。
もしそれに賛成でない場合は、その旨一筆書いてもらいたい、と。
私はきっぱり言った。
「身の安全ということなら、中国人とおなじでけっこうですよ。
日本軍は中国人を保護すると約束しているんですからね。
もしも中国人を見殺しにするつもりだったら、
トラウトマン大使や他のドイツ人といっしょにさっさとクトウー号で
逃げていましたよ」
岡少佐はいった。「私はあなた方の命を守るように頼まれているんです。
それはともかく、日本兵に持ち物を奪われたり壊されたりしたことが証明できれば、
政府が弁償するか、かわりのものを支給するかします」
それについては、ただ次のように答えるしかなかった。
「南京陥落後の十二月十四日に委員会のメンバー全員で街を見まわりましたが、
ドイツ人の家も持ち物も無事でした。
略奪や放火、強姦、殺人、撲殺、こういうことが始まったのは
日本軍がやってきてからです。誓ってもいいですがね。
同じことはアメリカ人の財産にもいえるんですよ。
舞い戻ってきた中国軍によって略奪された家はもともと多くありませんでしたし、
みんな太平路にありました。
太平路には外国人の家は一軒もありませんでしたからね」
七時半ころ、下士官が一人、私の衛兵といっしょにやってきた。
二人ともがっしりした体格で銃剣をたずさえ、泥だらけの軍靴を履いていた。
おかげで、カーペットがすっかり汚れてしまった。
この二人は私の護衛を命じられているのだそうだ。
すぐにまた外へ出ていって、この雨や雪のなかを歩きまわらなければならない。
外はひどい天気なので、さすがにちょっと気の毒になった。
夜の九時ころ、日本兵が二人、こっそり裏の塀をよじ登っていた。
私が出かけようとしたときには、やつらはすでに食料貯蔵室にもぐりこんでいた。
私は取り押さえようとした。クレーガーには衛兵を呼びにいってもらった。
ところがどうだ、衛兵はドロンをきめこんでいたのだ!
クレーガーが私に知らせにきたときには、
こっちの二人もあわてて塀を乗り越えて逃げだしていた。
*
またもや日本兵の侵入?
もはや第16師団しかいないのだから、
状況証拠からするとラーベのところに侵入していたのは
第16師団の兵士か、と言うことになるのだが。さて?
これは メッセージ 2131 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/2133.html