1939年 ノモンハン37 手足を縛られての戦闘
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/12/22 16:27 投稿番号: [2132 / 2250]
辻正信著
「ノモンハン秘史」
毎日ワンズ
205〜206p
《 地上作戦の成果が期待に反して不徹底に終わり、受け太刀となったのに反し、
航空部隊は事件発生以来、偉大な戦果を挙げている。
しかし、脚を縛られて戦わねばならぬ条件は、疲労の累積となり、
消耗の続出となって、すでに六十名近くの精鋭操縦者を失った。
このままで推移したら、将来に恐るべき欠陥を免れない。
地上においては、すでに五千人の死傷を生じている。
これをよそに見て、航空だけを温存することは許されそうにもない。
この不利から脱却するためには、進んで敵機を根拠地に急襲する以外に途はない。
幾度か軍司令官の名を以て中央部に具申したが相手にされなかった。
参謀本部から航空主任谷川中佐が戦場視察のため派遣せられ、次いで島村参謀が出張した。
僅かに一両日の視察の後に、両参謀から参謀総長に具申した意見は次の通りである。
参謀本部作戦課長宛
島村参謀
一、最早航空戦力の保持上自衛のため外蒙内、敵の航空根拠地に対し
進攻を行うの止むを得ざるに当面するものと判断す。
二、敵の対日戦意ないしは事件対応方針に関する諸情報に照し、
事態拡大の危険は従前に比し減少しつつありと考慮す。
三、処理要綱起案後旬日ならずして意見を変更せざるを得ざるの状況に
直面し自責の念に堪えず。
七月二十九日及び八月二日の両日にわたり、敵機は我が制空の間隙に乗じ、
将軍廟付近の我が飛行場を急襲し、
飛行第十戦隊及び第二十四戦隊は甚大なる損害を蒙り、
関東軍前任高級参謀安倍大佐は第十戦隊長として壮烈なる戦死を遂げた。
あの峻厳な安倍さんの顔が、血に塗れて愛機と共に草原上に横たわった。》
つづく
これは メッセージ 2113 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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