入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1937年12月28日 ラーベの日記1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/12/21 18:42 投稿番号: [2129 / 2250]
  十二月二十八日


《 あいもかわらず、放火がくりかえされる!

まるで重い病いにでもかかっているようだ。

おそるおそる時計の針に目をやるが、針は遅々として進まない。

難民はだれしも新年のお祝いを恐れている。

酔ったいきおいで、日本兵がますます乱暴を働くにきまっているからだ。

慰めようとするが、いまひとつ力がこもらない。

それはそうだろう、そういう我々自身、信じていないのだから!



誰だか知らないが、今日が登録の最終日だといううわさを広めた人がいるらしい。

そのため何万人もの人が登録所につめかけた。

安全区の道路は人で埋まり、歩くこともできない。

私はドイツ国旗のおかげでかろうじて前へ進める。

ここではハーケンクロイツのついた私の車を知らない者はない。



なんとかして道をあけようとして、ぶつかり、押し合いへし合いしている。

そのわずかな隙間に滑りこみつつ、ようやく目的地に着いた。

私が通ったとたん、あっというまに元通り埋まってしまう。

休憩時間にでもあたったら、ここから抜け出すのは並大抵のことではないだろう。



今日、ほうぼうから新たな報告が入った。あまりの恐ろしさに身の毛がよだつ。

こうして文字にするのさえ、ためらわれるほどだ。

難民はいくつかの学校に収容されている。

登録前、元兵士がまぎれていたら申し出るように、との通告があった。

保護してやるという約束だった。

ただ、労働班に組み入れたいだけだ、と。何人か進み出た。



ある所では、五十人くらいだったという。彼らはただちに連れ去られた。

生きのびた人の話によると、空き家に連れていかれ、

貴重品を奪われたあと素裸にされ、五人ずつ縛られた。

それから日本兵は中庭で大きな薪に火をつけ、

一組ずつひきずり出して銃剣で刺したあと、生きたまま火の中に投げこんだというのだ。

そのうちの十人が逃げのびて塀を飛び越え、群衆の中にまぎれこんだ。

人々は喜んで服をくれたという。



これと同じ内容の報告が三方面からあった。

もう一つの例。これはさっきのより人数が多い。

こちらは古代の墓地跡で突き殺されたらしい。

ベイツはいまこれについて詳しく調べている。

ただ、いざ報告するときには、誰から聞いたか分からないよう、

よくよく気をつけなければならない。

知らせてきた人にもしものことがあったら大変だ。》



*   掃蕩作戦は既に終了している。第7連隊はもういない。

   「五人ずつ縛って、銃剣で刺し、火の中に投げ込む」   と言うが、

   5人縛られたままで倒れた者達を、どうやって火に投げられるのだ?

   一人を動かそうとしたら、つながっている他の四人が邪魔になって動かせない。

   ロープを切ったら、そのロープは短くなって、次には使えなくなる。



   また、五人ずつ縛られていて、どうやって塀を乗り越えられる?

   三方面から、同じ内容の報告という事は、攪乱工作による、デマ宣伝の可能性大。


   清国の官憲が   「中国人の訴えを信用するな」   と言った事が想起される。
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