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1939年7月24日 日英会談 現地問題交渉

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/12/19 19:00 投稿番号: [2126 / 2250]
〔昭和14年7月25日   大阪毎日(夕刊)〕   日本側、六項目の要求   −   現地問題交渉


第二段階に入った日英会談の第一回局地会談は、

二十四日午前九時から裏霞ヶ関の外務次官官舎で開始された。

会議場はかつて日ソ両国代表の間に北鉄移譲交渉が行われた歴史的大広間である。



これより先、クレーギ英国大使は八時五十分、外相官邸に有田外相をたずねて

局地会談の順序その他について打ち合わせた後、車を連ねて会議場へ到着、

日本側   有田外相、加藤公使、田中領事、青木、朝海両東亜局事務官、

寺岡欧亜局事務官、与謝野三等書記官、武藤少将、河村大佐。

英国側   クレーギ大使、ハーバート領事、ピゴット駐在武官、ゴアブース二等書記官、

ブレーン二等書記官、アレン三等書記官、マックレー商務官。



の両国代表の顔が揃うや、有田外相は立って加藤代表はじめ日本側の

参列諸員を順次紹介し、ついでクレーギ大使も同様英国側代表を紹介した後、

打ち揃ってカメラに収まり、有田外相は退席、外務省に登庁したが、

日英両代表は加藤=クレーギ、武藤=ハーバート、田中=ピゴットの各氏が

それぞれ向かいあって着席し、卓を囲んで会談に入った。



まず日本側より公用語として日本語を採用したき旨を提案し、

これに対し英国側は日英両国語を併用したき旨を申し出たのでこれを容れた後、

加藤公使起って天津に範囲を局限した具体的諸問題に関し日本語で総括的説明を試み、

天津における現下の事態解決のため必要なる六項目の細目要求、すなわち、



(一)程錫庚氏暗殺犯人を日本側に引き渡すこと、

(二)英国租界内における反日テロに関する日英共同捜査ならびに共同取り締まり、

(三)英国租界における抗日ならびに支那新政権反対分子の策動に対する徹底的取り締まり、

(四)英国租界における法幣の流通禁止ならびに現銀引き渡し、

(五)北支における経済撹乱行為の一掃並びに経済協力、

(六)新支那政権との協力。



に関しわが軍の治安維持上の必要を強調しつつ一般論を行い、

朝海東亜局事務官がこれを英訳した。

これに対し英国側はクレーギ大使より同様概論的な回答があり、

これをプレーン二等書記官が邦訳した後、

加藤公使は英国側の疑問とする点につき二、三補足説明を与えた。



会談は前哨戦の程度であったが、英国側は大体においてわが方の立場を諒解し、

第一次会談に関する限り交渉は順調に進捗したが、

同十一時二十五分、昼食のためいったん休憩、

両国代表はそれぞれ会場を引き揚げ対策を協議した後、午後四時より会談を続行した。
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