1937年12月27日 中国 日本の和平案検討
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/12/19 18:48 投稿番号: [2125 / 2250]
児島襄著
『日中戦争4』
259〜260p
《 十二月二十七日、蒋介石が国防最高会議を招集して、
日本側提案を討議の対象にすると、
意外にもとにかく交渉すべきだと主張する者が、いた。
交通部長愈飛鵬、教育部長王世杰らである。
そして、会議後、交通部長愈飛鵬は大使トラウトマンを訪ねた。
「中国としては、日本の条件をうけいれるべきでしょうか。
大使閣下のご意見をうかがいたい」
「残念ながら、本使はその種の意見をのべる立場におりません」
「それでは、結局、貴国のお力で停戦にもちこむことはできないのでしょうか」
交通部長愈飛鵬は、大使トラウトマンの明答を得られぬまま、肩をおとして帰っていった。
蒋介石は、憤然とした。
「今日除投降無和平、捨抗戦外無生存、彼等実昧於大勢、不知国家利害、
此革命之所以未能成功、一至於此也」
(いまや降伏以外には和平はなく、抗戦する以外に生存の道はない。
彼らは世界の大勢にくらく国家の利害も知らない。
革命が成就できないゆえんは、まさにここにある)
蒋介石は、ソ連の援助をもとめる決心をかため、立法院長孫科にモスクワ行を指示した。
行政院副院長孔祥煕は、ドイツ商社
『HAPRO』
代表H・クラインをまねいて、述べた。
「(日本との)
和平交渉開始の努力が成功しなければ、
国民政府は、たとえわが国が経済的に破綻しようとも、
また、たとえわが国民をソ連の腕の中におしやろうとも、
最後まで抗戦するつもりです」
H・クラインから通報をうけた外務次官H・マケンゼンは、駐支大使トラウトマンに、
ソ連との接近強化は中独関係を改変させる旨を中国側につたえるよう、指示した。
同時に、次官マケンゼンは、駐日大使ディルクセンにも、
中国の赤化は防共協定にそぐわない、
不満があっても日中関係を正常化して中国の赤化を防止すべきだと
日本政府に勧告せよ、と訓令した。
駐日大使ディルクセンは、その程度の勧告で日本側の考え方を変えられるものでもない、
と思ったので、とっさには行動しなかった。》
*
蒋介石は
「いまや降伏以外には和平はなく、抗戦以外に生存の道はない。」
と言った。
何を妄想しているのか?
日本は、そんな要求をしていないではないか。
彼らが、勝手に妄想を抱いて、解決を不可能にしているだけ。
もともと、戦争を仕掛けたのは中国。
日本は大幅に譲歩した和平案を出していた。
それを蒋介石が蹴って戦争を続けたから、こうなったのだ。
なぜ、自分たちの非を悟らないのか。
これは メッセージ 2114 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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