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12月17日南京入城式

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/10/13 18:44 投稿番号: [210 / 2250]
早瀬利之著『将軍の真実   南京事件   松井石根人物伝』137〜139p

方面軍司令官と幕僚たちは、
午後十二時半に自動車が湯水鎮の臨時方面軍司令部を発った。

一時二十五分、つまり五分前には中山門の外に到着。
派遣軍、第十軍司令官及び幕僚たちに出迎えられる。

一時半きっかりに、用意されていた馬に乗馬した。
中山門は戦禍で崩れかかっている。

その門をくぐると、中山東路の右側 (北) に上海派遣軍、
左側 (南) に第十軍の各師団の兵が整列している。

上海派遣の兵は背嚢 (はいのう) を負った完全重装備。
第十軍の兵たちは外套を左肩から右脇に斜めにかけ、背嚢に水筒という略式の軽武装。

この中山門から国民政府庁舎近くまで約三キロに及ぶ。


上空には海軍の荒鷲六十機が編隊を組み、
紫金山の山頂をかすめて式場の上空を旋回しながら警戒した。

陸上ではラッパが鳴り渡る。

先頭に松井石根、その後方の右に上海派遣軍司令官朝香宮鳩彦王殿下、
後方左に第十軍司令官柳川平助中将。各司令官のあとにそれぞれの師団長、

幕僚がつづいた。
同じ時刻、ユウ江門からは海軍の入城が始まる。

海軍は長谷川清支那方面艦隊司令長官を先頭に、
大川内伝七上海海軍特別陸戦隊司令官、近藤英次郎第十一戦隊司令官がつづいた。

そして中央広場から国民政府にいたる中山路に堵列した陸戦隊を閲兵のあと、
国民政府内の陸軍と相会する。


元毎日新聞写真記者の佐藤振寿は上海戦から南京戦まで従軍し、
十二月十七日の入城式も写真にとり、文章で書き残した。

彼は陸・海両軍が国民政府内で合流したあとの模様を、つぎのように記している。
「やがて、君が代のラッパ吹奏のうちに、国民政府正門上に大きな日章旗が掲げられた。

(後略)」・・・

松井が (東方) 遥拝のあと、万歳三唱を発声した。最初の万歳は声に出た。
しかし、二度目はこみ上げるものがあり、声に出なかった。やっと三度めが声になった。

第三十旅団長の佐々木到一少将は、会場の国民政府の中庭に集合した一人で、
松井司令官のすぐ前に立っていた。

彼は、万歳三唱のあとの松井の挨拶を、眼の前で聞いている。


「大元帥陛下の御稜威 (みいつ) によりまして、わが派遣軍は赫々 (かっかく)
の戦果を収めここに……」 と挨拶したとき、松井の声がつまったのを見た。

松井は、泣いていたのである。
  佐々木はこう記している。

「このとき、軍司令官の痩せた頻に、一すじの糸を引いたのを見た。
予は正面列中にいたので、老大将の胸中の動きを、明らかにその顔面神経に

看取することができたのである。だれがこの無限の感慨に心を動かさぬ者があろう。
(中略)冷酒乾盃。吾らの軍司令官殿下も、この日とくに御機嫌麗 (うるわ) かに
あらせらるるのを見上げた」

この遥拝式が終わると、師団長以上の撮影。
その後、各隊長以上を一室に集めて、角良晴が運ばせた冷酒で乾盃する。

最後は長谷川長官の 「大元帥陛下万歳」 の三唱で、入城式典を終わる。
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