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1937年の慰霊祭後の涙の訓示はなかった1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/14 18:53 投稿番号: [2049 / 2250]
多くの本が、松井大将が慰霊祭のあと、

「おまえたちは、せっかく皇威を輝かしたのに、

一部の兵の暴行によって、一挙にして、皇威を墜してしまった」   と

泣いて叱ったと書いています。

そして、 「ある師団長などはせせら笑った」   とも。



こういう記述から、「松井大将はこの時期、南京大虐殺を知っていた。」

として、大虐殺の根拠にされているわけです。



ところが、板倉由明氏の調べによると、これは間違いだそうです。

彼は、その著   『本当はこうだった南京事件』   日本図書刊行会    で

慰霊祭後の松井大将の   「涙の訓示」   は無かった。と言っています。



同書299p


《 しかし不思議なことに、参列者の記憶や一次資料によればこの日、

慰霊祭の後に訓示は無い。   例えば


「次イテ軍司令官以上ノ玉串奉奠ヲ以テ式ヲ終ル。時ニ午後二時四十五分頃ナリ」

(第十軍参謀・山崎正男少佐日記)


と泣くも泣かぬもない至極アッサリしたものである。

ご本人の書いた松井日記はもちろん、派遣軍参謀長・飯沼守少将日記、

参謀副長上村利道大佐日記、その他すべて集めた限りの日記に

この   「訓示」   は無い。

また、掲載されたはずの英字新聞も、

松本氏が   「絶対にあるはず」   とはいうものの、今まで発見されていなかった



と書いています。

「チョット待て、お前の書いた

『2042   1937年12月18日   慰霊祭と訓示』   の中に、

早瀬利之著   『将軍の真実   南京事件   松井石根人物伝』   140〜142p   の引用として、

“飯沼守参謀長は、この朝の松井訓辞を、日記にこう記している。”

とあるではないか。」

と言われるかもしれません。



ところが、飯沼守少将日記を子細に調べてみると、

これは午前二時の参謀長会議での話であって、慰霊祭後の話ではないのです。

かつ、これは、松井大将の言葉か、どうかも、判りません。



つづく
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