1939年6月14日 天津英国租界封鎖 開始
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/12 18:56 投稿番号: [2046 / 2250]
〔昭和14年6月15日
中外商業(夕刊)〕
租界への通路七カ所で検問・検索始まる
〔天津十四日発同盟〕
黎明興亜の一角に新情勢に逆流する暗黒の伏魔的存在として
残存する英租界に対する膺懲
(ようちょう)
の日はついに来た。
我が外交史上特筆すべき十四日、天津英仏両租界外周を繞
(めぐ)
る
万国橋、山口街、旭街、芙蓉街、英国競馬場、泰安路、中街の七個所の通路
及び万国橋下流の白河は、
午前六時を期して厳重なる検問、検索及び船舶停船検査が実施された。
北支に珍しい爽やかな清澄な空には一片の雲も止めない。
この朝、検問、検索開始に先だち早暁より鉄帽戦闘姿の皇軍歩哨及び憲兵が
多数の巡警とともに、前記七個所の検問所在の位置につき時刻の至るを待つ。
やがて正六時、七個所の検問は一斉に開始され、
これを知らずして通りかかろうとする徒歩の華人、洋車、自動車に乗った外人が、
いずれも租界境界線の自由出入を制止され、通路左側に雑然居並んで検索を待つ。
九時前後の出勤時刻ともなれば通行人は続々殺到、
殊に繁華街山口街はベルギー資本系の電車十台が空車のまま境界線外に連なり、
日用品その他雑貨を満載した荷車、トラック等租界内搬入を制限され、
内外華人の通行人とともに街頭に溢れ喧騒を極める。
その中を検索を終わった少数の老幼.婦女を優先的に出入せしめている。
一方白河万国橋下流の船舶検査所では着剣の哨兵が数隻の鉄舟に分乗し、
食料品その他の貨物を積んだ船に一々停船命令を下し厳重検査を行いつつあり、
白河はこれら停船した船舶で水面を埋め尽くし、
文字通り立錐の余地もない情景を呈している。
これは メッセージ 2043 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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