入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1937年12月17日 松井大将と柳川中将の喧嘩

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/02 18:43 投稿番号: [2020 / 2250]
早瀬利之著   『将軍の真実   南京事件   松井石根人物伝』   139〜140p


《 この入城式典直後のことである。

首都飯店の方面軍司令官室で、松井と柳川との大喧嘩が起きた。

柳川平助は参謀長の田辺と二人だった。

松井司令官室で二人だけの話となると、田辺はとなりの角良晴副官室でようすをうかがっている。

そのとき、となりの松井の部屋で、突然、松井にしては珍しく大声で怒鳴る声が聞こえた。



二人のようすが変なので、田辺は角副官に、 「なんとかしてくれ」   と心配そうに言う。

角は、日ごろから、柳川平助の、方面軍司令官を無視した行動といい、

直接東京の下村定第一部長と連絡して南京攻撃に出たことといい、

腹にすえかねていたことも多く、松井の気持ちがよく分かっていた。



田辺の慌てぶりに、女房役の角は、 「弱い参謀長殿だな」   と思いながら、

「大将と中将です。二人が取っ組み合いのケンカをするはずもないし、

軍政の根本問題ですから、しばらくやらしておきましょう」

と言って、ほっとくことにした。



このとき角が耳にした松井の声とは、

「支那のことは支那人にまかせ、日本軍はオブザーバーになれ」   だった。

これに対し柳川平助は、

「皇軍が血を流して取ったところである。日本みずから、軍政を敷いてやるのが当然である」

と反論した。



この二人の激論から、占領後の南京をめぐり、軍政を敷くという柳川と、

中国人の自治体づくりによる政権、国際的視野を広げることとする松井との、

対立だったことが推測できる。

大激論がひとまずおさまった頃合いを見て、角はコーヒーを持って入った。

すると、二人とも黙り込んでいた。

角はそのとき、 「話し合いは決裂だな」   と直感した。



このときの会談は、柳川の方から申告されていて、

それに対して松井方面軍司令官が持論を曲げずに、柳川を説き伏せた形である。

頭ごしの   「軍政」   と   「中国人の自治政権」   との意見の相違だった。》



*   この激論、ちょっと引っかかるところがある。

   第十軍が南京を去る事は既に決まっているのに、

   何で、柳川中将が南京の管理について、くちばしを入れる必要があるのか?

   南京に残らない柳川中将にとっては、関係の無いことなのに?

   この激論、本当なのか?

   もしかして、別人との喧嘩の記憶ちがいとか?
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