1939年5月 ノモンハン事件9 全滅の東支隊
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/01 18:54 投稿番号: [2019 / 2250]
辻正信著
「ノモンハン秘史」
毎日ワンズ
118〜121p
《 午前三時頃になった。もう東の空が明るみかかる時刻である。
夜が明けたらハルハ河の左岸の敵砲兵からひどい目に遭いそうだ。
断念して、帰りかけた。と、そのとき鼻を衝く腐臭があった。
連隊長も、参謀も戦場経験はない。
この特別の臭いに気がつくはずもなかった。
「あッ、この辺にちがいない、臭いがするッ」
手分けして辺りを探すうちに、偶然軍馬の屍体を見つけた。
砂丘の凹みに、四肢を空中に向かって硬直させている屍体である。
蒙古馬ではない。確かに日本の大きな軍馬である。
それを手がかりに探すと、間もなく、 「見つかったッ」
という叫びが起こる。
懐中電燈で照らすと、おびただしい敵戦車の轍痕
(てっこん)
があり、
小松の蔭に、砂丘の上に点在蹂躪された屍体が、
何者かを取り囲むように円陣型に横たわっている。
全員玉砕だ。東支隊長の黒焦げになった屍体を取り巻くようにして枕を並べている。
半数以上が焼かれている。火焔放射の戦車か。
それとも死傷者にガソリンをかけて焼いたのだろう。
生まれて初めて戦場に出た山縣支隊の将兵は、
この惨虐
眼も当てられない屍体に手を触れることさえ恐ろしいらしい。
屍体を数えてみると、二百に近い数だ。
山縣連隊長以下約七百名である。
出しゃばるように思ったが躊躇することは許されない。
「三人で一人の屍
(しかばね)
を担げ、手ぶらの者は帰ってはならぬ。
一つの屍体を残しても皇軍の恥だぞ」
と、大きな声で叫んだ。最初は如何にも気味悪そうな様子であったが、
三人に一人ずつ割り当てられると、どうしても担がぬ訳にはいかない。
約一時間の捜索で、一名も残さないように収容した。
あるいは頭と脚とを担ぎ、あるいは脚をロープで縛って引き摺りながら、
長蛇の列をなして、帰路を急いだ。
途中、一台のトラックが焼かれている。その上に飛び乗ってみると、
約二十名の屍が半ば白骨化し、半ば黒焦げのままである。
恐らく負傷者を後送の途中敵にやられ、
ガソリンをかけて、生きながら焼かれた屍体であろう。
長い戦場体験でもこのような残虐な場面は初めてである。
悲憤の涙を拭いも敢えず、骨をかき集めて天幕に包み、
それを担いで最後尾を帰路についた。
出発位置に帰り着いたのは朝の五時であり、真っ赤な太陽が砂漠の地平線を覗いた。
二百数柱の戦友の屍を集め、合掌黙祷しているとき数発の敵砲弾が
その付近に炸裂した。
敵の砲弾を御供にした野辺
(のべ)
の送りである。・・・。
地上に残された轍痕だけを見ても少なくも
三、四十輌の敵の戦車が縦横無尽に暴れ回ったらしい。
せめて一台でも残っていたら肉迫攻撃で、
東中佐以下の弔い合戦をやったであろうに−。
二日間の戦闘で敵に与えた損害は、人員約百名死傷、
軽装甲単五輌炎上、軽戦車約十輌破壊炎上。
我が受けた損害は、東中佐以下約二百名戦死、軽装甲車約十輌損失。
一勝一敗であった。》
つづく
これは メッセージ 2017 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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