1939年 ノモンハン事件8 鉄鎖の外蒙兵
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/31 18:40 投稿番号: [2017 / 2250]
辻正信著
「ノモンハン秘史」
毎日ワンズ
117〜118p
《 赤い太陽が一望千里の地平線に沈もうとしているとき、
砂丘の蔭の山縣支隊本部に着いた。
砂地に浅い壕が掘ってある。
連隊長も、旗手も、両参謀も手持無沙汰の体で、
第一線からの報告を待っているのだろう。
本部のすぐ直前には、両脚を大きく開いた外蒙兵の屍体が二、三横たわっている。
どれもこれも、大きな図体ばかり。
焼けた軽装甲車の内には、運転手らしい者の黒焦げ屍体が見える。
「どうして飛び出さなかったのだろうか」
と、恐いもの見たさに覗いてみると、
屍体の両足首に太い鉄鎖を巻きつけて車体に縛られている。
なるほど、これなら逃げ出す余裕はない。
外蒙兵が、ソ連戦車に鉄鎖で縛りつけられながら民族解放のかけ声の下に、
こうして日本との戦争に駆り立てられているのである。
この縮図を見たとき、横たわっている外蒙兵の屍体に
言い知れぬ憐憫
(れんびん)
の情を抑え得なかった。
連隊長に東部隊の戦況を聞いたが何もわかっていない。
斥候を出して本夜連絡させようとの返事である。
「私が途中出会った数名の将兵から聞いたところによると、
今日正午前後、橋梁付近に突進してひどくやられたらしいのですが、
斥候だけで果たして連絡できるでしょうか」
と示唆を与えながら、
傍にいた二人の参謀を連隊長から離れたところに呼び出し、
何とかして本夜中に山縣支隊の主力で、東支隊を救出するようにと促した。
村田、伊藤参謀と、連隊長でしばらく相談した結果、
連隊本部と、軍旗と、砲を、現在の位置に残し、
歩兵の全力
(一大隊)
を山縣大佐が直接指揮して、
橋梁方向に夜襲することに定まった。
砂丘の間を縫いながら進む足は遅々として捗
(はかど)
らない。
ハルハ河の左岸とおぼしき方向に、
敵の懐中電燈らしきものがしきりに明滅している。
銃砲声は夜に入ると共に静かになった。
一つの砂丘を迂回している間に、いつしか部隊の方向を失いそうである。
僅かに星座を基準として西方に進んだが、
ハルハ河を間近に見る地点まで出てきたのに、
どうした訳か東支隊の姿は皆目見当がつかなかった。
一発の銃声もしないところを見ると、もはや戦いは終わっているらしい。
それにしても一人の屍体だけでも見つけたいものだ。》
つづく
これは メッセージ 2015 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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