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1939年5月 ノモンハン6 山縣連隊の出陣

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/29 18:50 投稿番号: [2013 / 2250]
辻正信著   「ノモンハン秘史」   毎日ワンズ
112〜115p


《 敵機の越境偵察はいよいよ激しくなった。明らかにソ連空軍である。

外蒙領タムスクには有力なソ連空軍が展開したとの情報に接して、

この局地的事件がソ連の意志によって拡大される最悪の場合を考え、

次のように飛行隊の兵力を増強した。



第十二飛行団司令部

飛行第十一戦隊   (戦闘二中隊)

第二十二飛行場大隊の主力

第二航空情報隊の一部



先に増加した飛行隊と合わせると、この頃ハイラル周辺に集まった飛行機の合計は、

軽爆撃機九機、戦闘機四十八機、偵察機九機である。

山縣武光大佐は、歩兵第六十四連隊長であった。

再度越境の敵を撃滅しようと勇んでハイラルを出た。その指揮した兵力は、



歩兵第六十四連隊本部

  歩兵一大隊

連隊砲中隊   (山砲四門)

東騎兵連隊   (乗馬一中隊、軽装甲一中隊)

連絡のため、村田、伊藤参謀随行す。



自動車輸送によってまずカンヂュル廟に兵力を集結し、二部をノモンハンに

出して同地守備の満軍と連絡させ、かつ敵状を捜索した。

その結果によると、敵はハルハ河、ホルステン河合流点付近に新たに架橋し、

ノモンハン西方約千メートルの砂丘に陣地を占領しているのを知った。



山縣支隊長もまた、鎧袖一触敵を駆逐できるものと考えたのであろう。

東騎兵連隊をして、橋梁方面より突進して敵の退路を遮断させ、

歩兵大隊を以て、ノモンハン方面から敵陣地を攻撃させて

連隊砲をそれに協力するように部署した。


満軍騎兵は、ホルステン河南岸から敵の退路を遮断するようにした。

五月二十七日の夕刻、カンヂュル廟を発した部隊は、自動車のライトも消して、

敵に企図を秘匿しつつ、ノモンハン方面に転進した。》


つづく
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