入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1937年12月16日 ラーベの日記2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/29 18:45 投稿番号: [2012 / 2250]
《 たったいま聞いたところによると、武装解除した中国人兵士がまた数百人、

安全区から連れ出され、銃殺されたという。

そのうち、五十人は安全区の警察官だった。

兵士を安全区に入れたというかどで処刑されたという。



下関へいく道は一面の死体置き場と化し、

そこらじゅうに武器の破片が散らばっていた。

交通部は中国人の手で焼きはらわれていた。ユウ江門は銃弾で粉々になっている。

あたり一帯は文字どおり死屍累々   (ししるいるい)   だ。

日本軍が手を貸さないので、死体はいっこうに片づかない。



安全区の管轄下にある紅卍字会   (民間の宗教的慈善団体)   が

手を出すことは禁止されている。

銃殺する前に、中国人元兵士に死体の片づけをさせる場合もある。

我々外国人はショックで体がこわばってしまう。

いたるところで処刑が行われている。

一部は軍政部のバラックで機関銃で撃ち殺された。



晩に岡崎勝男上海総領事が訪ねてきた。

彼の話では、銃殺された兵士が何人かいたのはたしかだが、

残りは揚子江にある島の強制収容所に送られたという。

以前うちの学校で働いていた中国人が撃たれて鼓楼病院に入っていた。



強制労働にかり出されたのだ。

仕事を終えた旨の証明書をうけとったあと、家に帰る途中、

なんの理由もなくいきなり後ろから二発の銃弾を受けたという。

かつて彼がドイツ大使館からもらった身分証明書が、

血で真っ赤に染まっていま私の目の前にある。



いま、これを書いている間も、日本兵が裏口の扉をこぶしでガンガンたたいている。

ボーイが開けないでいると、塀から頭がにゅっとつきでた。

小型サーチライトを手に私が出ていくと、サッといなくなる。

正面玄関を開けて近づくと、闇にまぎれて路地に消えていった。

その側溝にも、この三日というもの、屍がいくつも横たわっているのだ。

ぞっとする。(以下略)



*   「下関へいく道は一面の死体置き場と化し、そこらじゅうに武器の破片が

   散らばっていた。   交通部は中国人の手で焼きはらわれていた。」


   これは、明らかに、12日夜の中国兵脱出劇の混乱によるもの。

   知らない人が読むと、日本兵のしわざと思い込むまされる。



*   「強制労働にかり出されたのだ。仕事を終えた旨の証明書をうけとったあと、

   家に帰る途中、なんの理由もなくいきなり後ろから二発の銃弾を受けた」


   これも話が変、証明書を渡した日本軍がなぜ撃つ必要がある?

   「日本に協力してけしからん」   と、便衣兵が撃つなら解るが。



*   「日本兵が裏口の扉をこぶしでガンガンたたいている。

   ボーイが開けないでいると、塀から頭がにゅっとつきでた。

   小型サーチライトを手に私が出ていくと、サッといなくなる。」


   これも日本兵の行為とすれば意味不明。 便衣兵の行為なら、

   ラーベをして日本軍に不快感を抱かせるのに意味あるが。


第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長大内義秀氏は

《 私達は十二月十五日、南京に入城し、支那軍の兵営に分宿し、

  各隊は衛兵を立て兵の外出を禁止したので、

  公用の将校以外は、各個に外出した兵はない。》

(富士信夫著   『「南京大虐殺」   はこうして作られた』   210p)


と証言している。中隊長でも勝手にウロウロ出来ない。   では、この“日本兵”は?
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