1939年 ノモンハン事件3 飛行中撃たれた
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/24 18:55 投稿番号: [2003 / 2250]
辻正信著
「ノモンハン秘史」
毎日ワンズ
103〜105p
《 地上から追及する前に、まず飛行機で現場を偵察しよう。
飛行隊に交渉し、司令部偵察機に便乗をお願いした。
たまたま師団長からの要求で、
いまから偵察に出るところだとのことで快く承諾された。
ちょうど一年前の今日は秋山少尉に操縦されて、
初めてこの敵地上空飛行を決行した思い出が深い。
飛行機もまた同型である。
曹長に操縦されて、ハイラルを後にまずカンヂュル廟に、
次いでハルハ河を辿りながら目指すノモンハンを探した。
砂丘の間に点在する小松の蔭に、何物が潜むかさっぱりわからない。
馬一頭でも求めようと低空で数回上空を往復したとき、
ホルステン河とハルハ河との合流点に近い草原に、
軍馬らしい約二十頭の姿を捉えた。
それを端緒として、せめて一人の蒙古兵でも見つけたく、
超低空で数回旋回したが、ついに何物をも掴み得なかった。
三百や五百の兵を隠す小松の蔭は至る所にある。
軍馬を発見しただけで、どうにか証拠を見出したように自ら慰めて、
ハイラルに引き揚げた。
飛行場に着陸して機体を点検すると、油槽に弾を受けている。
小銃の弾痕であった。
道理で帰り着いたときは、油がほとんど尽きていた。
危ないところだ、もう少しで人間が受ける弾痕であり、もし機関にでも
受けたらいま頃はノモンハンの砂漠に残骸を曝していることだろう。
師団長と幕僚に、直接この眼で確認した敵情を知らせてやろうと思ったのに、
「敵は見えませんでした。ただ馬が約二十頭ばかり、合流点に草を食っています。
飛行機に一発孔
(あな)
があきましたから、たぶん敵兵が越境しているのでしょう」
と、ありのままを申し上げた。
子供騙しのような幼稚な報告に、自ずから冷汗をかく思いがする。
戦場でも、演習でも、偵察将校や参謀の敵情報告をたびたび耳にしたが、
どれもこれもまるで敵から内幕を見せてもらったかと思われるほど
詳細的確なものが多い中に、
自分は拙
(つたな)
いのか、卑怯なのか、十数回低空で旋回したが、
ついにこれだけしか自信を持って報告し得なかった。
弾痕だけが最も正直に、敵兵の所在を説明してくれる。
出発前に速成的に研究した兵要地誌の幾つかが、この偵察で確認された。
砂丘の程度、河の実況、道路の状態等々、印画紙に収めるように頭に刻みつけて帰った。
不思議にも肝心要のノモンハン村落は、どこにも見当たらない。
幾つかの古びた蒙古包が三々五々点在しているが、
そのいずれか一つがノモンハンなのであろう。
世界を驚かしたノモンハンの正体は、
数個の破れかかった蒙古包の一小村であろうとは。
新京に、その日のうちに帰った。
幼稚な偵察成果を、そのまま植田将軍以下に報告し、
大事件ではあるまいと付け加えた。
外蒙騎兵の悪戯に過ぎないこの火遊びが、意外にも屋根に燃え移り、
強風に煽られて、ついに全満に火花を散らす劫火
(ごうか)
となったのである。
これが戦争の持つ一つの性格であろう。》
これは メッセージ 2001 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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