入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1937年12月15日 スミス氏の講演

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/24 18:41 投稿番号: [2002 / 2250]
ラーベの日記の12月15日より


《 私は十二月十五日に南京を後にしましたが、

それまでに私をはじめ、ほかのヨーロッパ人の見たところによれば、

中国人の家はすべて、ヨーロッパ人の家はその大部分が、

日本兵によって略奪しつくされていました。



屋根にはためくヨーロッパの国旗も引きずりおろされました。

日本兵の一団が家財道具を取っていく姿も見られました。

とくに好まれたのは壁掛け時計だったようです。

まだ南京に残っていた外国の車は、徴発される前に国旗を引き裂かれました。

安全区国際委員会からも、乗用車二台とトラック数台が押収されました。



カフェ・キースリングの前で、私はたまたまラーベ氏に出会いました。

氏は店主と力をあわせ、日本兵を次から次へと追い払っていました。

かれらは店のドイツ国旗を外して食べ物を奪おうとしたのです。



下関では、四、五百人の中国人が連れ去られました。

ヨーロッパ人が後を追おうとしたのですが、

日本軍におしとどめられて果たせませんでした。



十二月十五日、外国の記者団が、

南京から上海に向かう日本の軍艦に乗せてもらうことになりました。

ところがそのあとで、イギリスの軍艦でいけることになり、

桟橋に集合するよう指示がありました。



出発までに予想以上に時間がかかったので、偵察をかねて、

あたりを少し歩くことにしました。そこでわれわれが見たものは、

広場で日本軍が中国人を縛り上げ、立たせている光景でした。

順次、引きたてられ、銃殺されました。

ひざまずいて、後頭部から銃弾を撃ちこまれるのです。

このような処刑を百例ほど見たとき、指揮をとっていた日本人将校に気づかれ、

すぐに立ち去るように命じられました。

ほかの中国人がどうなったのかはわかりません。》



*   「日本兵の一団が家財道具を取っていく姿も見られました。

   とくに好まれたのは壁掛け時計だったようです」


   兵隊が壁掛け時計なんか盗んでどうするのでしょう?

   彼らには移動命令が出ています。   行軍の邪魔になるだけですが。

   家財道具と言っても、本部詰所の必需品がそろえば、それ以上は必要ない筈。

   彼ら外国人は、そういう事が解らないのでしょうか?



*   「四、五百人の中国人が連れ去られ・・・日本軍が中国人を・・・銃殺」


   こういう言い方によって、スミス氏は米国市民に誤解を与えています。

   中国人と言えば中国人ですが、無辜の市民ではなく、

   軍服を脱いで便衣兵となった中国兵です。

   兵士が降伏せずに平服に着替えて市民の中に潜ったら、

   スパイ・ゲリラと見なされます。



   処刑されても仕方ありません。

   また、処刑された人の中に、市民が混じっていたとしても、

   それは日本軍の罪ではありません。

   間違うように仕向けた、中国式戦法に問題があるのです。



   後、米軍もベトナムで、農民に化けたゲリラに悩まされ、同じ行動をとりました。

   そして虐殺と非難されました。
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