義和団事件に於ける外国軍の略奪
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/13 15:06 投稿番号: [1969 / 2250]
外国人に、日本軍の徴発を非難する資格があるのでしょうか?
斎藤聖二著
『北清事変と日本軍』
芙蓉書房出版
155〜156p
《 通州への行軍過程で・・・
「「露仏軍ハ 一ニ
地方物資ニ依頼シ
大ニ徴発ヲ為シ
掠奪ノ弊ニ陥」
り、
イギリス軍も沿道の作物を奪って飢えをしのぎ、日本軍もまた
「畑地ニ生長セル
玉萄黍
(トウモロコシ)
ノ半熟セルモノヲ
採取シ
或ハ
付近人家内ニ残留セル食品ヲ取」
って前進した。》
167 p
《『秘戦史』
は、 「(北京占領中の)
露仏軍人ノ乱暴ハ
至ラサル所ナク
掠奪、殺傷、強姦、放火等
屡々
之ヲ耳ニシ、
其
(その)
通州ニ於ケル暴挙甚シク・・・
森海軍中佐の報告書には、 「英国公使館内ニ於ケル
掠奪品ノ競売」
について記されており、 「印度兵ノ
奪略シ来レル
衣類、毛革、陶磁器、
金銀細工類等ヲ展列シ 同国人ハ勿論
他国人ト雖
(いえど)
モ望セ
其場ニ誘引シ公然競売」
をしているとある。》
また
明治33年8月27日の
『日本新聞』
には
ドイツ皇帝は出征兵士に対し
「一人も容赦するなかれ、一人も捕虜となすなかれ」
と勅語した、とあります。
ウッドハウス暎子著
『北京燃ゆ・義和団事件とモリソン』
東洋経済新報社より
ドイツのヴァルダーゼー軍は10月17日北京に着いたが、すべて終わっていた。
263〜264p
《 仕方なくドイツ軍は、義和団の残党狩りというふれこみのもとに
討伐隊を組み、北京周辺を荒らし回り略奪暴行の限りをつくした。
ヴァルダーゼーは本国に、
「略奪行為は、どこの国もお互いさまである……
みな、揃いも揃って略奪に熱を上げている」
と報告した。
兵士たちはカイザーの勅語を肝に銘じていたらしく、
抵抗するものは容赦なく殺したり、有罪無罪の別なく厳罰に処したりした。
その残忍ぶりは目に余るものがあり、正義漢モリソンは
何回にもわたって彼らの野蛮行為をタイムス紙で暴露・非難した。
例えば、同紙十一月二十三日付のモリソン記事はいう。
「ドイツ討伐軍は北京周辺を繰り返し襲っては住民を苦しめているが、
それは略奪が目的である。このような行為を、ドイツ公文書では
軍事活動と誤った呼び方をしている」》
*
ラーベはこの8年後に中国に来ています。
彼らの祖国軍に比べて日本軍が、悪くに見えますか?
これらの行為は、南京陥落のほんの37年前の事なのです。
そして今、言われている南京は75年前。
「37年も前の事を持ち出すな」、と言うなら、
75年前の事を、昨日のように、非難している人は何なのでしょう?
これは メッセージ 1967 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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