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1939年 周仏海と打ち解ける丁黙邨

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/12 18:49 投稿番号: [1968 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
88〜90p


《 そうですか、とにかく困りましたね。周さんは今後の方針をあなた方と

相談して決めたいといって、チョ民誼さんにも会わないで待っているのです。

仕方がありませんから丁さんの用事がすむまで、私はここでお待ちしましょう」



自負心が強い丁黙邨は、用事があるなら周仏海が来訪するのが当然で、

自分の方から出かける必要はないと思っているのだが、

私はその態度を小面憎く思って、

是が非でも彼を強引に引っぱり出そうとしたのであった。



やがて藍衣社が襲撃してくるという情報はデマだとわかったが、

丁黙邨のいう市党部の委員もついに現れなかった。

市党部委員が来るという約束の時間は午後七時だったが、もう十時を過ぎていた。

李は周を訪問するのがよいとしきりに丁黙邨を説いたので、

さすがの丁もやっと折れて出た。



「あんなに固く約束しておいてどうして来ないのでしょう。

今夜はもう仕方がありません。ながながお待たせしてすみませんでした。

ではお供いたしましょう」

こうした感情のぎこちなさがあるにはあったが、さて周仏海と会ってみると、

彼らはひとしく和平を戦いとろうとする同志だった。

特に周と丁とは以前から面識もあり、

握手を交わした瞬間から彼らは意気全く投合した形だった。



李士群は汪兆銘がハノイで悪戦苦闘した話を聞いて感激し、

まなじりを決して抗戦派の頑迷さを罵った。

丁黙邨は上海の情勢を悲観的に説明して、周仏海を心配させたが、

それも近く好転するという李士群の確信ある報告があったので、

その憂色はたちまちぬぐい去られた。



窓の外にはガーデン・ブリッジが墨絵のようにかかっている。

キラリと光るのは青白い月光を浴びた日本海軍陸戦隊の歩哨の銃剣である。

その掩護の下に彼らの会談は夜を徹して明くる日の夕方まで、

休みなくつづけられた。

こうして第一回の打ち合わせが終わった。》



*   周仏海と梅思平はかつて松本重治氏が和平工作していた相手。

   松本氏は病気で上海勤務を解かれ、日本に帰った。

   結局、彼らの協力をするのは、土肥原機関の後進の組織となった、

   悪名高き   「76号」   であった。
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