1939年 周仏海と会う事を避ける丁黙邨
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/11 18:42 投稿番号: [1966 / 2250]
晴気慶胤著
『上海テロ工作76号』
毎日新聞社
87〜88p
《 私は彼らに対し、和平運動を上海で発展させるには、
丁黙邨たちを仲間に入れるのがよいと説いた。
つまり毒をもって毒を制する手法で、重慶テロを
『七十六号』
のテロで
もって制しなければ、とうてい安全に和平運動を進めることができないからであった。
丁黙邨たちの特工活動の模様を香港で聞いていた周仏海は、
「こちらこそ、協力をお願いしたい。今からでも、丁さんを訪問しましょう」
と意気こんで立ち上がった。しかし、街々には禿鷹のような藍衣社の眼が光っていて、
白昼の上陸は危険だったので、宵闇が濃くなるのを待って、
取りあえずアスターハウス・ホテルに入った。
アスターハウス・ホテルはガーデン・ブリッジのたもとにある
英国風の陰気くさいホテルだったが、当時は日本人が経営していたので、
警備上からも当分の隠れ家には比較的に都合がよいと思われたからである。
蘇州河の濁った水が不気味に目の下を流れている。
ホテルの内外は、林少佐が指揮する憲兵隊員が、目立たぬように厳しく警戒した。
恐るべき藍衣社のテロを封ずるために、蟻のはい出る隙間もないような厳戒ぶりだった。
私は一緒に丁を訪問したいという周仏海をホテルに残して、
『七十六号』
の鉄門をくぐった。が、何事であろうか、
堅く閉ざされた鉄門の内側では、その真正面の銃眼に据えた機関銃のもと、
多くの兵士が戦備もいかめしく固めている。
白昼のようにこうこうと輝く電燈の下に、銃剣とピストルが不気味に光って、
邸内は異様な緊張と鬼気にみんな気が狂っているようだ。
ときならぬ私の迷惑な訪問に
『七十六号』
の驚きはひとかたでなかったが、
丁黙邨たちは喜んで私の訪問を迎えた。
そして藍衣社が襲撃してくるとの風評があるので警戒中だと、説明した。
私は、周仏海がアスターハウスで待っているから、すぐ往訪してはどうかとすすめた。
しかし丁黙邨は、いろいろ言葉を設けて動こうともしなかった。
「実は手先に使っている市党部の委員がもうすぐ来て、
明日の工作の打ち合わせをすることになっています。
それに今夜の
『七十六号』
には危険が迫っていますので、
周さんを来訪するのは明日ではいけませんか」
こういいながら、丁黙邨は行き渋るのである。
私も内心、これは困ったことになったと思った。
丁黙邨はなかなか汪一派に心から歩み寄ろうとしないことを知っていたからである。
そのとき傍から李士群が口を出した。
「いや、藍衣社の来襲が噂されるのは、何も今夜だけのことではありません。
しょっちゅうのことです。
それにたとえ来襲したとて、呉志宝さえ残しておけば大丈夫ですよ」
余計なことをいうなといわぬばかりに、
丁黙邨はすごい目をギラリと光らして李土群をにらんだが、
その後は貝のように固く口をつぐんでしまった。》
これは メッセージ 1963 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/1966.html