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1939年4月末 周仏海と梅思平を上海に

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/10 18:56 投稿番号: [1963 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
81p


《 その月の終わりに近く、突然、私は謎のローマ字電報を受け取った。


「仏像一体、梅鉢一個、浅間丸で受け取れ」


発信地は香港からだったが、発信人は不明である。

だがこれは敵からのものではなく、味方からの隠語の連絡であることだけは

確かであった。仏像と梅とは果たして何のことか、

しばし考え抜いた私は、やがてハタと膝を打って、思わずにやりと笑った。



仏像とはまさしく周仏海のことであろう。

そしてまた梅鉢とはまざれもなく梅思平のことに相違ない。

周仏海と梅思平、それはいうまでもなく、

重慶を脱出して和平運動を展開中の汪兆銘の両腕である。

この両名がいよいよ上海へ乗り込んでくるのか。

だとすれば汪兆銘の上海出現も、もはやさし迫った問題となっているに違いない。

いよいよ、 『七十六号』   の使命が軌道に乗るときがきたのである。》

(中略)


85〜86p

《 要するに汪兆銘に先行して周仏海と梅思平が、

まず上海に密行してくるというのであろう。来るべきときがついに来た。

その明くる日、サンフランシスコ航路の浅間丸は、

豪華な巨体を黄埔江の桟橋に横たえていた。

それを洗いに洗うのは出迎えの人々が描き出す花やかな波であった。



恐らくは私と同じ目的をもつのであろう、

チョ民誼(チョミンギ:汪兆銘の義弟、国府外交部長、駐日大使歴任、漢奸として処刑)と

傅式説が、デッキに目白押に並ぶ船客の笑顔の中から、

だれかを探そうと必死になって群衆をかき分けていた。

チョは汪夫人の縁者で傅は上海大学の教授だが、

上海でひそかに汪兆銘の和平運動を準備していた人たちだった。



色とりどりの晴れ衣を着飾って上陸する準備をすませた乗客たちは、

ハンカチを振りながら甲板にひしめいて、桟橋の群衆と上下相呼び合っていた。

やがてタラップが降ろされ、船客たちは先を争って下船を急ぎ、

出迎えのだれかれと相抱いて街の方に消えてゆく。

もう甲板にはだれもいない。目指す人が見当らなかったとみえ、

小首をかたむけたチョたちも、とうとう桟橋から立ち去った。



船客がいなくなるのを待っていた私は人目を避けて船内に飛びこんで、

いきなり事務長を捜し出した。来意をとぼけて聞いていた事務長は、

私の身分証明書を見てやっと納得して、薄暗い物置きの奥の船員用の居室に案内した。

立ち番であろう、廊下の入り口に立っているボーイは精悍で屈強だった。



しっかりと鍵を内から下ろしたその部屋には、背広姿の中国紳士が二人いた。

まざれもなく 「仏像一体」 と 「梅鉢一個」 であった。

彼らは私の来着を待ちかねていた。初対面ではあったが、

周仏海の鮮やかな日本語が、私たちをすぐ百年の知己のように打ち解けさせた。》
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