1939年4月8日 蒋は英仏中三国同盟を提案
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/30 15:23 投稿番号: [1933 / 2250]
児島襄著
『日中戦争5』
201〜202p
《 国際連盟理事会は、対中国援助決議案を採択し、
英国は機械購入用に三百万ポンド、通貨安定用に一千万ポンド、
米国も飛行機購入用の千五百万ドルを、中国に借款供与した。
しかし、たりない。極言すれば、 「焼け石に水」
である。
蒋介石は、中国に権益を持つ英仏両国が、結局は
「劣勢」
の中国に見切りをつけ、
援助するよりも日本と妥協して権益を保全しようとするのではないか、と懸念した。
英大使A・カーが、重慶で米海軍武官補佐官J・マクヒュー海兵少佐に
語ったところによれば、
蒋介石は、四月八日、香港に出張中の大使に使者を派遣して、
「英仏中国三国同盟」
を提案した。
ヨーロッパの戦争が近づいている。戦争が起れば、
日本は香港、インドシナ攻撃をにおわせて英仏に
「事変解決」
の協力を要求するかもしれない。
そのさい、中国は、武器と弾薬をもらえば
「兵力と労力」
を提供し、
両国の権益を守り、日本の香港、インドシナ進出を抑止しよう
−
というのである。
英大使カーは、そのような同盟を結べばかえって日本を刺戟
(しげき)
して、
「日独伊同盟」
に日本を走らせるだけだと返事した、と、
補佐官マクヒュー少佐に述べた。
少佐は、蒋介石は相当に困っているようですね、といい、
英大使がうなずくのを待って、三日前の香港総領事A・サザードの通報を話題にした。
福建省政府顧問S・リーなる人物が、香港に滞在する中国銀行董事長宋子文に
日本の前外相宇垣一成大将からの和平提案をつたえ、
董事長宋子文は強い関心を示した、というのである。
少佐が、あるいは、蒋介石側も和平を意図して日本に接触しているのではないか、
というと、英大使は、うなずいた。
「わが英国情報部の判断では、汪兆銘も国民政府が派遣した和平密使だ、とみている」
−
そのころ、
陸軍省軍務課長から参謀本部付に転出した影佐禎昭大佐は、逓信省参与
犬養健とともに、山下汽船
「北光丸」
で東シナ海を南下していた。》
これは メッセージ 1927 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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