1939年2月21日 李国杰氏租界で暗殺される
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/16 16:20 投稿番号: [1899 / 2250]
〔昭和14年2月22日
東京朝日〕
また親日要人が共同租界で暗殺される
〔上海特電二十一日発〕
相次ぐ血腥
(ちなまぐさ)
き抗日テロ事件に対し、
断乎たる粛清処置を要望する輿論
(よろん)
喧
(やかま)
しい上海共同租界内に、
二十一日、またまた親日要人を街頭に遊撃、即死せしめた血の兇変が勃発した。
同日午後四時、かねて維新政府側の某要職に擬せられつつあった
李国杰氏
(六〇)
が共同租界弋登
(ゴルドン)
路新閘路街頭を通行中、
突如二名の壮漢がピストルを翳
(かざ)
して李氏の身辺に迫り、
たちまち五発を乱射してその場に李氏を殪
(たおす)
すや、
犯人は直ちに混雑に紛れて逃走、その姿を晦
(くらま)
して了
(しま)
った。
朱に染まった李氏の体は直ちに海格路の赤十字病院へ担ぎ込まれたが、
その途中、同十五分絶命した。
この附近には日本紡績会社内外綿本部及び同第八工場等あり、
在留邦人も多数居住して居る場所とて、この兇事を繞
(めぐ)
って
騒然たる空気に満ちて居る。
〔上海特電二十一日発〕
兇手に集れた李国杰氏は二十一日午後四時、
新閘路二三〇号の自宅を出て弋登路の友人の宅を訪問する途中、
この兇変に遭ったもので、弋登路角に差し掛かった際、
藍色の職工服を着た二名の支那人と出会い頭にピストル五弾を受け、
弾丸は頭部、腹部、右大腿部などに命中、即死を遂げたものである。
〔上海特電二十一日発〕
李国杰氏は安徽省の人で李鴻章の孫。
かつてベルギー大使たりしこともあり、
一九一四年、参政院参政員に任ぜられ、一九一六年以来政界を引退して
実業界に入り、上海輪船招商局の董事長をして居たこともある。
目下維新政府関係の某要職に擬せられて居たもので、享年六十。
なお同氏の次男李家嗣氏
(三二)
は維新政府実業部技術室に技師をして居る。
これは メッセージ 1897 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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